命を背負う主将
「頑張ったという気持ちとともに後悔がいっぱい残る」。藤田啓輔(社4=神奈川・平塚江南)は主将を終えてこのように振り返った。同期がおらず、自分には向いていないと思いながらも主将にならざるを得なかった藤田。限られたキャパシティの中で背負わなければいけないものは『全員の命』というとてつもなく大きなものであった。部を、部員を守るためには何ができるかを考え抜いた4年間に迫った。
中学・高校時代は陸上をやっていたが、大学では新しいものに挑戦してみたかった。そのとき父と山へ行ったことを思い出す。ワンダーフォーゲルという言葉を教えてくれたのも父である。部の先輩の、信頼できそうな印象によって入部を決めた。藤田が入学したときは震災の影響で新歓活動ができなかったため、入部者が少なく、主将を務めるときには同期はいなかった。ちゃんと活動に来てくれる部員もわずか。限られた人数では出来る活動も少なくなる。切羽詰まった状況で藤田は部を引っ張ることとなった。
情熱をもってワンダーフォーゲルと向き合ってきた藤田
主将となった際、新入部員の育成に力を注いだ。新歓活動に力を入れた甲斐あって多くの部員が入部した。しかし前向きに活動を続けたいと思ってもらうにはどうすれば良いか。ワンダーフォーゲルには明確な目標がない。自分が何をしたいのか分からなくなる部員も多いという。活動のレベルと面白さに関しても胸を張れるようなものではなかった。「今までつなげてきた部の伝統を限られたキャパシティの中でどれだけ伝えることができるのか」。悩んだ末、藤田は『人の繋がり』に重点を置き後輩に伝えた。ワンダーフォーゲル部の活動は基本全員が参加する。登山の際も能力の低い人に合わせ、全員で帰ることを何よりも徹底させる。たったの一人も置いてきぼりにはしない。「こんなにも人のことを思っている部活はない。それだけは言える」。藤田は接し方によってその思いを後輩に引き継いだ。
あるときOBに言われた。「主将なのだから何があってもこいつらを死なせないように考えて考えて考え尽くせ」。その言葉に気づかされてから藤田は考え尽くした。どうしたら部員の命を守れるか。自然は厳しい。気象が変わりやすく、いくら一歩先を予測してもその予測を超える動きをする。そこで重視したのは『総合力』であった。状況に応じて活動を判断し、自分のコンディションを調整できる力をつける。また万が一のことがあったときのため、人や荷物を背負える体力をつけようと日々のトレーニングに励んだ。全ては後輩全員を守るためだ。「達成感よりもほっとした気持ちが勝った」と引退時を振り返る。後輩の命を背負う重圧から解放された安堵感からであった。
「最初は『こんなものか』と思ってしまった景色も先輩になって見ると違って見えた。景色を見たから自分が変わるわけではない。景色がどう見えるかは自分がどう変わったかによる」。引退した今、藤田にはどのような景色が見えているのだろうか。自然の大きさに比べると未だにちっぽけな存在かもしれない。活動のレベルをあまり上げることは出来ず、部に対して大きな変化は起こせなかったかもしれない。しかしこの4年間は確実に藤田を成長させ、今までにない絶景を藤田の目に映させていることだろう。
(記事 茂呂紗英香、写真 ワンダーフォーゲル部提供)