【特集】レスリングルーキー特集 山﨑弥十朗

レクリング

 世界ユース優勝の実績を持つ山﨑弥十朗(スポ1=埼玉栄)が早大レスリング部の門をたたいた。昨年はJOCジュニアオリンピックカップ(JOC)、高校総体優勝と同年代では国内敵なしと言っても過言ではない。着実に東京オリンピック代表への道を歩む山﨑が描いているビジョンについて伺った。

 

※この取材は4月10日に行われたものです。

大学生活について

――学校生活は慣れましたか

まだ慣れないですね。入学して一週間ほどですが、まず学校を覚えていない(笑)。学校が広すぎてどこに教室があるのか分からないです。ひとつひとつ覚えていくのが大変ですね。早く慣れたいですね。

――学校の授業はどうですか

興味のある授業もあれば、90分間、苦痛の授業もあります。

――寮生活はどうですか

伊藤奨(スポ3=長崎・島原)選手と同じ部屋です。自分がやりたいように自由に使っていいと言ってくれるので、住みやすいですね。

――初めての寮生活に戸惑いなどありましたか

戸惑いは最初あって、近所付き合いじゃないですけど、うるさくしちゃだめなのかなとか思っていました。でも、過ごしやすいですね。家みたいです。

――友達はどうですか

寮の中では同じクラスの子とかもいるので、挨拶したり、喋ったりします。

「負け試合の方が印象に残っています」

笑顔で質問に答える山﨑

――レスリングを始めたきっかけについて教えてください

小学校1年になるの3月くらいから始めました。ことしで13年目になります。幼稚園でレスリングをやっていた子がいて、親同士が仲良くて。親から「レスリングやってみる」と聞かれ、「やってみる」という感じでした。サッカーと水泳もやっていたのですが、一番成績が良かったのがレスリングだったのでレスリングを続けようということになりました。

――レスリングにしぼられたのはいつごろですか

小学校5年生くらいのときですね。

――中学時代から全国中学校選手権2連覇など頭角をあらわされていますが、いかがですか

中学2年生のときはたまたま運が良かったのですが、成績はいい感じに残せていけましたね。

――高校時代に世界ユース優勝、世界ジュニア代表となっていますが海外遠征を振り返っていただいていかがですか

最初に海外遠征に行ったときは戸惑いましたが、そこで優勝できました。それが大きかったですね。優勝してからグーンと伸びたので。今思うとアジアカデット選手権とタイに行ったときの試合など、海外に行ったときの試合で強くなっているなと思いました。

――海外の試合と日本の試合は全然違いますか

違いますね。日本人の感性ではないので。この体勢だったら本当はポイントが取れるのに取れないなどあります。日本は島国であまり海外と接点がないので、(例えばタイの試合なら)タイと仲良しの国とや友好的な国をひいきするところもあって、日本人にとってはすごく大変です。そこをしっかりと切り替えていきたいですね。

――レスリング人生で一番印象に残っている試合はどの試合ですか

印象に残っている試合自体は天皇杯(天皇杯全日本選手権)ですね。負けた試合となりますが。(相手選手に)投げられて、あの試合は本当に忘れられないです。自分は試合展開を運ぶことに自信があったのですが、負けているのに勝っていると思っていて、最後の残り5秒で負けていることに気づきました。負けていると気づいていれば、全然違う試合展開になったので、負け試合の方が印象に残っていますね。ここは普通、ユースオリンピックなど言うのですが(笑)。

――ユースオリンピック優勝についてはいかがですか

あっさり勝ってしまったので、うれしかったですがそんなもんかという感じでした。自分は毎回アメリカの選手に負けることが大きいのですが、その選手が出てこなかったので。自分よりも強い相手がいるのに、いなかったので優勝したという感じなので。

――自身のレスリングスタイルの強みは何ですか

攻めのレスリングスタイルです。相手にプレッシャーをかけ続ける。相手のペースにさせないのが自分のスタイルですね。強みは粘りですね。ラスト10秒まで攻め続ける。そうしたら逆転できることもありますし、その粘りで勝ってきたようなものなので。

――試合前のルーティンなどはありますか

試合の日の朝にカルボナーラを食べます。

――胃もたれなどはしませんか

しないです。きょねんのJOCのときにたまたまカルボナーラを食べたのですが、勝ちました。それからカルボナーラを食べるようにしたら、すごく試合で動けました。他には曲を聞いたりします。ノリが良い海外のものを。

――試合前は緊張されるタイプですか

緊張していたタイプなのですが、初めての海外遠征に行ってからは緊張しなくなりました。初めての海外遠征が一番緊張していたので、それを超える緊張が無いですね。緊張しているかもしれませんが、それ以上では無いですね。

――きょねんは同年代では国内敵なしといった活躍でしたが

国内では。天皇杯以外は負けていないので。

――早大を選んだ理由は

学歴と練習環境です。先輩達がフレンドリーで、自由にさせてくれるので。

――太田拓弥コーチにはどういう印象を持っていますか

真面目ですね。一つのことに熱中するのが良くも悪くもあります。

――山方監督(平4人卒=福岡・築上西)の印象は

最近になって、やっとしゃべったくらいで、面白いですね。

――早大での練習はどうですか

早大の練習は短いですね。高校の時は3時間だったのですが、早大の練習は2時間で終わります。短い分、内容は濃く、自分の中ではすごく好きな練習です。

――先輩はどうですか

最低限の礼儀さえできていれば、何も言わないというスタイルなので、すごいいい先輩だと尊敬してます。

――同期の選手はどうですか

みんな熱心にやっていて、話も合いますし、いい感じです。

「東京オリンピックは目標です」

その目は確かに未来を見据えていた

――東京オリンピックは視野に入れていますか

東京オリンピックは目標です。

――東京オリンピックに出場するためにも、早大にいるうちに世界選手権など、狙うつもりですか。

後2年以内にはとりたいです。天皇杯で優勝して、その1年で、海外の大きな舞台に慣れて、そのまま(世界選手権に)いくつもりです。

――ルーキーイヤーとしての目標は

まず、リーグ戦で負けないことですかね。個人としては、1年生からインカレチャンピオンを狙うことですね。

――大学4年間の目標は

大学4年生の時期にはオリンピック予選があるなので、オリンピック予選で勝って、オリンピック出場につなげていくことですね。

――最終的にどんなレスラーを目指しますか

当たり障りのないレスラーですね。あの選手はダメだと言われない選手になりたいです。あの選手を真似すれば大丈夫だと言われる選手です。

――ありがとうございました!

(取材・編集 杉野利恵・服平周)

山﨑選手が4年生のときに、東京オリンピックの予選が始まります!

◆山﨑弥十朗(やまさき・やじゅうろう)

1997(平9)年5月7日生まれ。173センチ。埼玉栄高出身。スポーツ科学部1年。「サインを書くのには慣れていますか」という早スポ部員の質問に対して、「書くことはありますが、字がきれいとは言われないです(笑)」と答えてくださった山﨑選手。よどみなく「東京オリンピック出場」と書いてくれました!