【連載】全日本大学選手権直前特集『BEYOND THE LIMIT』 第3回 森一史

男子バスケットボール

 第3回に登場するのは、学生コーチたちが「偉大すぎて」(第1回参照)と話す、森一史アシスタントコーチ(令4スポ卒)。2022シーズンや全日本大学選手権(インカレ) 、コーチングに関することなど幅広く語ってもらった。

※この取材は11月22日に行われたものです。

リーグ戦の振り返り

 

――自己紹介をお願いします

 

 早稲田大学バスケットボール男子部アシスタントコーチの森一史です。普段は、早稲田大学のスポーツ科学研究科修士課程1年生で大学院生をやってます。よろしくお願いします。

 

――大学院との両立は大変ですか

 

 そうですね。大学院とここ(アシスタントコーチ)の仕事とあともう1個掛け持ちしてるんで、3ついろいろ忙しくて大変ですが、頑張っています。

 

――まずはリーグ戦のことについて。1巡目と2巡目、それぞれチームの雰囲気やチームの勝敗はどのように感じていましたか

 

 1巡目に関しては、落としてはいけない試合を落としてしまったっていうのがかなりあったので、そこに関してはもったいなかったと思ってます。 ただ、その時その時にできることを最善を尽くしてやった結果なので、結果そのものは残念ではありましたけど、あれ以上はちょっとできないかなっていうのは正直ありました。 リーグ戦に向けての夏の準備期間とかも、いろんな事情が重なって思ったほど準備できなかったので、試合をしながら体力トレーニングをするとか、試合をしながらチームをつくっていくとか、そういうリーグ戦の序盤になっていました。もうちょっと準備ちゃんとしたかったなっていうのが本音ではあります。ちょっともったいなかったっていうのが1巡目です。2巡目に関しては(1巡目から)ちょっと間が空いたっていうのもあって、いろんな課題の整理であったり、僕自身が試合の指揮をするっていうのが4試合あったので、そういうところで新しい風というか、ちょっとこう雰囲気をあげられたらいいなっていうのは考えながらやっていて。ここは大事っていう試合を勝ち切れたものも少しはあったので、そこは良かったかなと思ってます。

 

――落としたゲームで選手への言葉がけは

 

 これはどんだけ準備をしていても、陥ることだと思います。まして今年みたいに全然準備を積み重ねられずに公式戦に入ると特にそうなんですけど、勝てないとか結果が出ないっていう風になると自分たちのことを疑い始めるので、この練習をやっていていいのかなとか、自分たちがやってることは勝つ上で正しいのだろうかっていうところにチーム全体が行ってしまうので、そこを頑張るために、ベクトルの修正というか、軌道修正というか。そこの方向性を見失わないという声かけは結構しましたね。準備不足っていう面で割り切らないといけない部分はあるんですけど、とはいえ、ここは何がどうあっても貫き通さないといけない部分はチームスポーツである以上、絶対にあるので、そこに対してぐちぐち言ったりとか、もうそこ悩む余地ないからやるしかないっていう言葉がけはしました。

 

――選手からはどんな反応がありましたか

 

 チームの土台となる貫かないといけない部分っていうのに関しては、ディフェンスとか、リバウンドとか、そういう体のぶつかり合いが起きたりとか、体力的にきつかったりする部分が結構多くて、そこはもうキツくてもやるしかないかなっていう。君たちは、みんなの代表としてコートに立ってるわけで、毎週来てくださるO Bの方とか、先輩方とか、同期後輩あるいはこれから早稲田に入ってくるであろう子たちとか、そういう人たちが見てるからという部分は、結構強調しては伝えましたね。 自分たちだけが苦しいんじゃないよっていう、いろんな人たちの思いも背負ってバスケットやってるんだということは伝えました。

 

――勝てない中で4年生がプレッシャーを感じる時もあったと思います

 

 あの子たちに関しては、責任感すごく強いので、プレッシャーという風に感じるところはたくさんあったと思います。 リーグ戦前半に限らず、入れ替え戦が終わるまでずっとプレッシャーは強烈にかかっていたかなとは見ていては思います。それはそうなんですけど、(周りの人が)応援してくださるのは、こっちとしても肌感覚で感じるものなので、そこに関しては感謝しなきゃいけないよねとは、部内で彼らも喋っていました。プレッシャーもありつつ、ありがたいなって。それを力にしようぜっていうのもある感じだったと思います。きつかったとは思いますけど。

 

――森さんはプレッシャーは感じていましたか

 

 プレッシャーを感じる余裕が、僕の場合はあんまなかったっていうのが正直なところですね。こういう(アシスタントコーチの)仕事をしてるので、いろいろ思い浮かぶんですけど、そこをどうやって現実に即したかたちで具現化していくか。あの子たちにどうやって体現させてくかという部分を、「どうやったらいいんだろう、どうやったらいいんだろう」ってずっと考えていた感じでした。さすがに入れ替え戦で1戦目負けた時は、ちょっとやばいかなとは思いましたけど、あんまりプレッシャーを感じる余裕なかったです。やるしかなかったので、もう日々の業務に忙殺されていた感じですね。

 

――早稲田はどんなチームだと思いますか

 

 社会的な立ち位置から言うと、それなりに日本だと力のあると言われている大学の体育各部なので、いろんな目が注がれているなと感じます。それで、そこに所属しているので、責任ある行動をしないといけないよねっていうのは、平久江さん(平久江卓監督、昭59卒)とか、学生たちもそうですけど、常に口にしているなと思います。あとは倉石さん(倉石平ヘッドコーチ、昭54卒)がよく言うんですけど、社会のリーダーになりうる人材を育てるというところです。バスケットの前に、人間として大きくなろうというのは、活動の中で僕たちが一番目指してる部分なので、 そこに対しては、いろいろ悩んだり、迷ったりした時に、どっちの道を選んだら、自分たちの存在理由の方に寄与できるか、進めるかを考えて、物事は決めています。判断基準としては、バスケットの中身で言うと、僕はこれ勝手に思ってるんですけど、日本代表男子の場合は世界に比べると小さくて勝てないのがずっとあるんですけど、(早大は)それの縮図だと僕は勝手に思っていて。日本が世界で勝つ予行演習だと思ってやっています。早稲田は留学生のいる他のチームに勝つ、そのために、いろんな道を模索するのは、日本が世界で勝つためにいろんな道を模索するのと、ちょっと重ねて考えているところはあります。

 

――今年の早大はセットプレーよりもトランジションが多い印象です

 

 見てくださってる人にそう思ってもらえてるのは、僕たちの大事な成果で、一つの結実かなと思います。本当にトランジション大事で生命線だよということはずっと言っていて、そのための練習ももちろんいろいろします。対戦相手しかり、応援してくださってる人しかり、そういった人たちに早稲田のトランジションすごいよねとか、魅力的だよねっていう風に思ってもらえてるのであれば、やってきたことがかたちにはなってると思います。

 

――ご自身で指揮をとられた4試合で意識していたことは

 

 まずは頑張るベクトルを揃えよう、という話です。頑張らないといけないディフェンスとリバウンドとコミュニケーションという3つのところは絶対やろうね、ということは、常に伝えていました。そういうベクトルを揃えようというのは、心がけていたことで、もう一つは各自の強みを発揮させてあげられるようなゲームをつくろうということですね。ディフェンス、リバウンド、トークは負けないための土台という感じで、各人の強みのところが勝つための要素のような感じだったので、その両立でいろいろやっていたという感じです。

 

――実際に4試合を経て、どう感じましたか

 

 最初の1戦目と2戦目に関しては、専修の時のディフェンスはちょっと良くなかったですが、強みを発揮するという部分に関しては、結構いいパフォーマンスだったかなっていうのは思っています。交代を多くしたので、 試合の中でシューター陣のスリーポイントだったり、ガード陣のアタックだったり、そういう強みを出してくれたことに関しては、みんなの成長が見られたのでよかったかなと思っています。ディフェンスはいろいろ考えないといけない部分がいっぱい残りましたけど。

 

――交代を増やしたことに意味は

 

 体がついてこないとか、メンタルがついてこないとか、もう頑張りきれないとかは、ベンチから見て思っていました。長くてもこの選手は7分だよなというのは見ていて思ったので、これ以上引っ張ると、今までの貯金が全部なくなってしまうなというのがありました。ディフェンスの強度が落ちることが一番嫌だったので、そこを維持させられるように、少し点数が止まってもいいから、全体としてのスピードとか、コンタクトの強さとかを維持できるように、あるいは上げられるようには交代を多くした方がいいかなと感じていました。

 

――選手一人一人をとても観察されているように思います。コート外でも選手と向き合っているのですか

 

 一番は試合中のパフォーマンス、大事な指標です。今まで出ていなかった選手も絡めたりとかしたので、そういう選手に関しては練習中、スターティングファイブでいつも出ている子たちを相手にどこまでできるかという部分が大事な基準でした。あとはいろいろ自信持ってやってるとか、やってないとか、悩んでる、悩んでないとかっていうのは、見ているとなんとなく分かるので。そのタイミングでシュート打つのかということに対して、躊躇(ちゅうちょ)する子もいれば、何も考えずに打つよっていう子もいるし、そういうので自分の役割を理解してるなとか、ちゃんと考えてるなっていうのは分かります。

 

――コーチとして、ある程度固く決めるところと、選手に委ねる部分を持たせてると思うのですが、そのバランスはどのように考えているのでしょうか

 

​​ それはずっと僕の中でテーマとしてあって。どこまでコーチが決めて、どこまでみんなに任せるかっていうのは、バランスが本当に難しいなとは思っています。僕が1、2年生の頃、今は青学にいる吉岡さん(吉岡修平氏)がヘッドコーチをしていた時は、結構自分らの役割を決めてバスケットやっていました。そうすると、どんなに調子が悪くても、その役割をとにかく遂行しようという風になって、立ち替える場所というか、やらなければいけないことが明確になるので、そういういい点もありました。反対に、倉石さんは割と自分たちで考えなさいっていう真逆のスタイルなので、いい時は良かったけど、一旦調子崩すとあの時は自分の何が良かったから良かったんだっけ、試合に出られたんだっけというのが分からなくなります。1回忘れちゃうと、なかなかチームのリズムに自分を戻しに行くっていうのは難しくなってしまう部分があります。でも、そっちの方が頭を使うし、物事を考えるという意味では、成長します。その2人の両極端の指導の元で大学生活ずっとやっていたので、そこは自分の中でもどっちがいいのかまだ全然分からないです、難しいですね。僕の場合は、ある程度こういうことをやろうというのは、倉石さんのバスケットがあるので、これで勝つよ、勝ちに行くよというのは教えます。ちょっとやりにくいというのが聞こえた時には、自分の頭の中で考えていることとか、倉石さんと協議して選手はこう言っていますとか、いろいろ協議をします。どちらにしてもやるのはあの子たちなので、そこのすり合わせをどちらに寄せるかっていうのは、その都度変わる感じですね。グレーのところはなるべくないようにしています。

 

――先ほどお話されていたように、辛い時期や選手が苦しそうな時期は割とハードに働きかけているのですか

 

 そうですね。良くも悪くも、そういうのを表に出す子たちなので、不平不満じゃないですけど、そういうのは見ていると分かるので、それに対して僕がどうにか解消させてあげたいなっていうのは思います。チームの力に自分ならなれると思ってみんなやっているので、そこで出られなかったとか、じゃあ自分の力が足りないからだという風に素直に思える子もいますけど、なかなかそういう発想に行かない子もいるので、そういうところは働きかけをします。

 

――選手の変化とか、成長というのは敏感に感じとっていたのですか

 

 そうですね。変化は感じますし、成長も感じます。なるべくそれを拾ってあげようとは思っています。さっきできなかったことを意識して、今できるようになってというところとかは、意識しないとできるようにならないので、そういうところに関しては小さいことでも、なるべく拾ってあげるようにしています。本当は意識してできるじゃなくて、無意識にできるところまで、技能の段階としては持ってかないといけないんですけど、まずはそこが第1ステップなので、まず意識するという自分でアクションしたことに関しては、それが絶対踏まえてないといけない1歩目なので、そこはなるべく声をかけるようにしています。

 

――森さん自身に気づきを与えてくれた人は誰でしょうか

 

 リーグ戦通してだったら、僕は長田さんが一番かなと思います。結構、人間を見る目が鋭かったり、動作が深かったりする方なので、僕が道を外れそうになった時に、「そっちじゃねえぞ」という風に、叱ってくれたりするので、そこは僕の場合は助かっていましたね。今年に限らずですけど。ありがたい存在だなと思います。

 

コーチングについて

指揮をとる森

 

――コーチになったきっかけはどこにあるのですか

 

 僕はバスケットがないと、いろんな生活が乱れてしまう人間で。中学の時にちょっとそれを感じる出来事がありまして、部活最後の大会で負けて引退して、部活はなくなりました。それで、バスケをやりに学校に行っていたので、もう学校行く意味がなくて。めっちゃ成績は良かったんですけど、勉強できなくなるし、もう手につかなくなっちゃって。全然勉強やる気わかなくてっていうのを見かねた顧問の先生が、ちょっと部活来いっていう風に言ってくれて、それで定期的にバスケするようになって、成績も持ち直したみたいな。それを中3の時に気づいちゃったので、俺多分(バスケから)離れたら、おかしくなっちゃう人間なんだなっていうのは分かったので、将来はバスケット関係の仕事に就こうというのは、そこで決心したっていう感じですね。

 

――バスケットボールのどんなところに惹きつけられるのでしょうか

 

 戦術がどうこうとか考えるし、小学校の時とかNBA選手の動画を授業中も再生してるとか「あーやばいな」とかいろいろ考えたりしていて、全然話聞いてないみたいなとかあったような子供だったので。いっぱい点が入るところとか、シュート入ったら楽しいとかうれしいとか、いろいろですね。全部ですね。

 

――バスケットボールの仕事の中でコーチを選んだのはなぜでしょうか

 

 僕は中学2年生までバスケット大好き小僧だったんですけど、そのバスケットボールっていうものをとことん極めた人に教えてもらうっていう場面が全然なくて、しょうがないから顧問をやってますっていう人とか、小学校の時は楽しくできればオッケーっていう感じのチームでずっとやってたので、僕はそこが一番でかかったなって今となって思ってます。そういうとこでやっていたので、ドリブルとか体系化、理論化されたものを一番練習しないといけない時期に教えてもらうっていうことをできなくて。中2までそんな感じで、中3なった時に日体でインカレで優勝した時の先生が来て、超楽しくて。4月から6月引退するまでの短い間だったけど、地区の1回戦チームがいきなり栃木まで遠征行ったりとか、東京の強い高校に練習行かしてもらったりとかっていうのいろいろやっていて、めっちゃ練習きつかったけど、結構楽しい期間でした。その先生がさっき言った「お前、ちょっとバスケしに来ないとやばいよ」みたいなの言ってくれた人で、高校もバスケットこの先生ならっていうところを選んで行ったんですけど、公立だったので高1の時に異動しちゃって、そこからは自主性に任せますっていうスタイルの先生が来られたので、それであんまり教えてもらえなくてっていうのがずっとあって。そういうのを通して、バスケット大好きで、うまくなりたいっていう子たちがいるけど、指導者の数とか質とかが追いついてないっていう現状がすごくもったいないなっていうところを感じたので、そういう道に進めたらいいかなっていうのはざっくり思っていました。卒業して大学入る前に2浪してるんですけど、卒業して1年目は母校の中学校で外部コーチをさせてもらって、2度目の時は地域のスポーツクラブで、またバスケのコーチっていうのをやらせてもらっていたので、そういうのを通して、教えるっていいなっていうのを再認識しました。大学入った時は最初は選手希望だったんですけど、レベル違いすぎたので無理だってなって、じゃあスタッフどれになりますかってなった時に、今までの経験踏まえてコーチが一番みたいなのもあったので選んだって感じです。

 

――描いているコーチ像はありますか

 

 僕の場合は吉岡さんの影響を強く受けてるなっていうの自分でも思ってるので、仕事への向き合い方みたいなところは、自分が本格的にコーチを始めた時に一番身近にいたので、そこは強烈に影響を受けていて。あの人もそうでしたし、僕自身も熱くなっちゃうタイプの人間なんで、そのまま放っておいたら出ちゃうんですけど、一歩引いた目で冷静に目の前のことを見ないといけないっていう仕事でもあるので、そのバランス感覚に悩んだ時は結構ありましたね。大学3年生の時とかは、どっちのスタイルで行こうかっていうのをずっと悩んでいて、結局自分らしくっていうのが一番だなっていうのを気づいたので、熱くやっていますけど、目標というか、最終的にどんなところを見せるとか、世界で戦えるようにみたいなとか、子供たちに対してっていうところが出発点だったんですけど、大学とバスケの世界に入ってみて、上行けるとこまで行ってみたいなっていうところは、気持ちとして芽生えてきたので、将来は日の丸つけて仕事したいなっていうのは思っています。

 

――選手とコーチでバスケットに対する視点は異なりますか

 

​​ 他の人のことをよく考えるようになったかなと思います。選手の時はチームの一員ではあるけれど、自分がうまくなるために、強くなるために、どうすればいいかっていうのが全部の行動基準だったんですけど、コーチになってからは、このチームがどうやって上向くかっていうところに視点が変わるので、この人にこういう言葉がけをした方がいいのかな、みんなにこういう映像を見せた方がいいかなとか、あるいはこれは言わない方がいいのかなとかっていう風な、自分の外の世界に対してどうやって働きかけるかっていうところをより考えるようにはなりました。

 

――選手に伝える時に心がけていることはありますか

 

 口調とか言葉遣いとか、喋る時はそういうところです。あとはコーチングのテクニックとかはいろいろあるんですけど、聞きに来た選手に対して向かい合うと圧を感じさせてしまうので、来た人に対して僕はこう回り込んで横並びで同じ方を見て喋ったりとかっていう細かい工夫とかはします。

 

――そういう知識は外部で学ぶのでしょうか

 

 授業もありますし、昼間授業でやったことが(部活で)アウトプットできるっていう、いいサイクルの日もありますし、もちろん、部活でインプットできることもたくさんあります。僕が下級生の時、先輩の学生コーチがチームとしてできてないことがあった時に、なんとかしろよっていう言ってる人と、なんとかしようよって言ってる人がいて、命令形で言ってる人と、レッツみたいな風に言ってる人がいて。別に自分に言われたわけじゃなかったけど、僕は後者の先輩コーチを見て、同じこと言ってるけど、伝わり方全然違うなっていうのを結構思った。そういうのが結構あって、真似しようっていう風に、自分のものにこれはしないといけないなっていうのっていうのがいろいろあって、学んでいるっていうところですね。

 

――部の中には学生スタッフが多くいると思いますが、森さんはどういった立場なのでしょうか

 

 一応学部生ではなくなったので、大人スタッフっていう扱いを受けています。まあ大人の部類の中でも一番年が近いので、いろんな相談してきたりとか、今後どうしたらいいですかねって聞きに来てくれたりとかっていうのはあるし、4年生に関しては、あの子たちの4年間はずっと関わっているので、こういう悩みがありますみたいな時は、相談に来てくれたりとかもするので、そういう時は自分なりに答えたりはしますね。バスケットの中身というよりは、そのチームのマネジメントというか、そこもやります。得意分野というか、興味のあるのは戦術面とかバスケットのことが一番ですけど、チームとしてのあり方っていうのはその土台なので目を背けてはいけないと思いながらやってます。

 

――3年生の学生コーチへの印象は

 

 昨年僕が教育実習行って、ある程度上の立場でいろいろやってくれる人が3週間いなくいないっていう時に、僕がいない間に結構いろいろ大変だったみたいな話を聞きまして。「森さんいないとマジやばいっす」みたいなのを教えてくれて。僕がいなくなって回らなくなるような組織じゃダメだなっていうのは、去年からも思っていたので、そこに関しての不安要素は4年当時はちょっと思っていました。今に関しては、かなりハードワークしてくれる子たちなので、そこについては年々着実に成長してるなっていうのは見ていて思うし、選手たちからの信頼もどんどん熱くなっているし、なんか3人ともだんだん頼りがいのある人たちになっているなとは客観的には思います。

 

――モリズム#8で「知識があれば誰でも出来る指導では意味が無い。バスケットボールのコーチだから、あなたというコーチだから出来る事を、プレイヤーにもたらせるように」と書かれていました

 

 春にC級ライセンスを取りに行った時に、その講師の人に言われました。その戦術を教える、技術を教えるとかだったら、知識量がより多い人に任せてしまえばいいけど、あなたがバスケットコーチである理由っていうのをもっと現場に落とし込みなさいみたいなこと言われました。同じくらいの知識量の人と同じものを同じ対象に教えるとなった時に、知識で圧倒するっていうやり方もあるかもしれないけど、コーチだから、あえてこの子には合わないから言わないっていう伝え方であったり、そういう1つの自分の行動に対してコーチだから、こういう伝え方ができる、あるいは言わないっていう線引きもできる。いろんな伝え方の手段を持っていることを考えてやりなさいみたいなことを言われて、それを聞いた時に感銘を受けて。だから、自分なりのやり方をもうちょっと模索しないといけないんだなっていうのは、その時に感じたところですね。

 

――森さんの考えるコーチの存在意義というのは

 

 例えば、まだ漠然としているけど、何かを伝えるにあたって僕が伝えるんだったら、もっとそこに熱量や情熱を乗せられますよ、もっと血の通った情報を乗せられますよと、もしかしたら正しい情報ではないかもしれないけど、そういう風な伝え方ができますというところです。あとは、言葉で分かる子もいるし、ビジュアルで見て分かる子もいるし、実際に自分で体を動かして分かる子もいるし、いろんなタイプの子がいると思いますが、そこに対してどうやってアプローチしたらいいのかっていうのを考えた上で、いろいろやれる強みというか、自分のやり方はあると思います。

 

――Bリーグのコーチになるために、学生バスケの段階で学びたいことはありますか

 

 女子バスケは高卒でWリーグ行ったりする人も結構いて、今の日本男子も海外経由したり、高卒でプロ行ったり、あるいは逆輸入してきたりっていうかたちでプロに行く人たちがそれなりに増えてきたっていう中で、大学バスケの立ち位置みたいなのは、僕が関わる前に比べたら、だいぶ変わってるのかなっていうのは、いろんな人の話を聞いていて、思うところはあります。そういう時に倉石さんは上で通用する人材を育てたいっていうところを結構言っていて、その手助けがまずできるようになること、これがまず第一かなっていうのは思ってますね。選手のために何ができるかっていうところ、男子大学バスケ界だからこそ、何ができるかっていうところをあと1年しかないですけど、模索して成長したいなと思っています。

 

――最後にインカレへの意気込みをお願いします

 

 結構崖っぷちな状況に追い込まれていたんですけど、無事出られることになったので、まずはそこに感謝しています。当たり前じゃない、つかみ取った舞台なので、目一杯準備して楽しめればいいかなというのは思ってます。リーグ戦きつい時期とかは、僕の同期とか、もっと上の先輩とか、全然関係ない僕とだけ知り合いっていう人とかからも期待してるよ、応援してるよっていうことを応援してもらったので、そういった人たちに応援してきてよかったなって、インカレで輝いてんじゃんっていう、かっこいい早稲田を見せられるように、ぶちかましたいなと思います。

 

――ありがとうございました!

(取材・編集 落合俊 大滝佐和)

◆森一史(もり・かずし)

1997年6月5日生まれ。東京・西高出身。スポーツ科学研究科修士課程1年。色紙『We play to Win!!』「インカレへの意気込みにシャレを効かせました(WASEDAのW)」