副将戦、ここまで2勝3敗。もう1本を取られてしまった。「足使って!切り替え!」「取り返すぞ!」崖っぷちギリギリの状態で祈るような声援がコートの上に響く。しかしその瞬間は訪れ、勝負は非情だった。正面からの完璧な突きが面を捉えた。上がった旗は疑いようもなく赤。天を仰ぐ者、床の上にその手足を投げ出す者、涙を流す隣の仲間に肩を回す者、俯き床に視線を落とす者、そして次の試合を見据えて前を向き続ける者。その悲しみの表し方は皆それぞれであったが現実はどうしても一つ。今年1年追いかけてきた、森ワセダの夢は、ここで幕切れを迎えた。
昨年は代表戦で敗れベスト8。今年はその結果を超えるために戦いを続けてきた。ついに迎えた全日本学生拳法選手権大会(府立大会)。7月に行われた全日本学生選抜選手権大会で4位に入賞していたこともあり、今大会に向けて全員が前向きな気持ちで挑んできた。初戦の相手は流通科学大学、夏の全国選抜でも対戦し代表戦の末に下してきた相手。今回も勝って弾みをつけたい、そんな対戦であった。 先鋒は小川友太朗(商4=広島・基町)。自身も「自分の役割としては最初に1勝を挙げること」と語ったように得意の豪快な投げ技を駆使した盤石の試合運びを見せる。開始1分7秒、ついに足を使って相手の体勢を崩し待望の1本を奪う。その後はじっくり機会を伺い、ここぞというタイミングで引き倒し押さえ込み面で二本目。自身の強みを存分に活かした戦い方で幸先の良い1勝目を挙げた。次鋒・田部井達也(スポ3=東京・日大二)は遠間から自分の間合いに踏み込む戦い方で時間をたっぷり使って攻める。しかしなかなか有効打は決まらず残り時間は12秒、ここで相手の投げ技にかかってしまい痛恨の1本。少ない時間でなんとか取り返そうと攻撃の手を繰り出すも時間切れ。参鋒の小田修一郎(スポ3=大阪・関大高)も低いタックルから相手の背をマットに沈める攻めを何度も見せるも、抵抗する相手を振り切ることが出来ず決定打を打ち込めない。蹴り技で攻めた直後の無防備な瞬間を狙われ一本、その後組んだ際に体勢を崩され面突きで二本目。ここで1勝2敗と形勢が逆転してしまった。
円陣を組み気合を入れる
悪い流れを止めたい中堅戦、出場は今年度チームを牽引してきた森裕紀(政経4=早稲田渋谷シンガポール)。大きな重圧のかかるこの試合、森はそんな事など関係無いというかのような圧巻の試合を見せる。まずは開始直後、出バナで相手の面を突き一本。なんとその後またしても一本を奪い、試合時間を2分45秒残しての大勝を収める。しかし参将の森川晋平(スポ2=奈良・青翔)は思うように試合を組み立てられず。充分な間合いを確保しつつ足を使って試合を動かそうとする。双方が慎重に一打を繰り出す中で試合が動いたのは開始2分20秒、ついに面突きを取られてしまう。蹴り技の後を狙われる場面も見られたものの体勢を立て直し、取り返すべく攻撃を仕掛けるも思うような1本が取れない。残り時間も限られている中、面突きを繰り出した直後の姿勢を狙われ2本目。痛い3敗目を喫してしまった。もうあとがない早大。副将は田中照将(商2=東京・麻布学園)。なんとしてでも大将戦へ希望を繋げたい、そんな場面で試合開始早々相手の体勢を崩し押さえ込みをかける。ここは相手の抵抗もあり一本を奪うことはならなかったがいい滑り出しだった。チームも盛り上がり、押せ押せのムードが広がる。仕切り直しの後も攻めの姿勢を見せていたが、パンチを警戒していた田中の胴に決まったのは蹴り。もう一本でも取られてしまったらそこで団体の勝敗が決まる。大きなプレッシャーの中で、反撃の機会を窺う。しかし慎重に、慎重に試合を進めていたものの正面からの突きを防ぐことができず、三本の旗が全て赤で上がった。ここで今年度の挑戦は幕を降ろすこととなってしまった。だが、まだ大将戦は残っている。最後を任されたのは小坂怜亜(教3=大阪・関西福祉科学大高)。これ以上はワセダの意地にかけても負けることはできない。開始10秒で最初の一本、残り1分になろうかという場面で面蹴りを決めるなど終始相手に流れを渡さない内容で圧倒した勝利をおさめた。しかし最終成績としては3勝4敗、そして数年ぶりの初戦敗退となった。
この試合でも着実な1勝目を持ち帰った小川
「勝負は思っているより残酷で、負ける時は本当に呆気なく負ける」森は試合後にはそう言葉を残した。ワセダにとっては誰もが一瞬、言葉を失うような結末であった。誰も予想しなかった初戦敗退という戦績。それでも前を向いて、次のシーズンに向けて歩みを進めていかなければならない。これから拳法部はどのような道を歩むのだろうか。今大会において見た、4年生の背中は広く大きいものだったに違いない。これからはこの悔しさを胸に負けないチームを作っていってほしい、そんな先輩の願いを背負って。来年度は今年よりも1勝でも、一瞬でも長く戦いを続けられるように。そして悲願であるシード権の獲得、優勝旗の奪還へ。苦い思い出を、来年の歓喜に繋げるために、新たな1年のスタートが切られた。
府立大会を終えて
(記事・写真 柴田侑佳)★夢をつなげ
「嘘だ。」勝敗が決した時、悲鳴のような声が響いた。もしくは誰かの発した声にならない声が、そう聞こえたのかもしれない。勝負は時に残酷な運命を突きつける。勝つか負けるかの二者の狭間で、選手達は勝利を手にするために全力を尽くす。それでも、勝利に手が届かないことだってある。どれだけ思いが強くても、その拳が必ず相手を打ち負かすとは限らない。「このチームなら昨年を超えられると思っている」皆が口を揃えて語っていた拳法部だって例外ではない。あまりに呆気ない敗退であった。
だがしかし、この悔しさは、後輩達が前に進むための糧になるだろう。実際に今年度の森ワセダは昨年の悔しさを晴らすべく邁進(まいしん)してきたのだから。夢をつなぐことができる。これが学生スポーツの醍醐味であり、原動力なのである。これからの拳法部はどのような道を歩むことになるのだろうか。実力をより強固なものにするのは、共に競うライバル。技術を支えるのは、互いに刺激を与え合うチームの仲間。この条件は揃っている。そして夢を託して引退していく上級生は、託した先の後輩達を見守ることだろう。代々そうしてきたように。この見果てぬ夢は決して1人のものでは無い。これからも夢は、続いていく。
結果
▽男子団体戦
1回戦 対流通科学大学
先鋒 〇小川友太朗(商4=広島・基町)
次鋒 ●田部井達也(スポ3=東京・日大二)
参鋒 ●小田修一郎(スポ3=大阪・関大高)
中堅 〇森裕紀(政経4=早稲田渋谷シンガポール)
参将 ●森川晋平(スポ2=奈良・青翔)
副将 ●田中照将(商2=東京・麻布学園)
大将 〇小坂怜亜(教3=大阪・関西福祉大高)
森裕紀(政経4=早稲田渋谷シンガポール)
――今の気持ちを率直にお願いします
実感がないです。
――森さんご自身は圧勝でした。当時の心境はいかがでしたか
試合の流れから見て「誰か1人が引き分けてくれれば勝てる」っていう状況で、なんとなく最後も「まだ勝てるんじゃない」って思っている自分もいました。でも隣では森川が泣いていたりとか、負けが決まってしまったような雰囲気がどこかにあって。なかなか実感が持てないというのが。本当にそれだけです。
――コートの外からはOB・OGの方々や部員の方々から声援が飛んでいたと思います
全部聞こえていました。今までの試合よりもだいぶ冷静に試合を見れていて。僕も今回試合では初めてと言えるくらい怪我が完治した状態で絶好調だったので、本当になんでだろうって。
――今回の敗因としてはどこが挙げられると思いますか
結構考えているんですけどなかなか分からなくて。たぶん技術的な面ではなくて、気持ちの上でのことになると思います。1本への執念ってところじゃないかと僕自身は思っていて。途中でポロポロ取られてしまったのも、その重みを知らなかったからだと考えています。でも一本負けだろうが二本負けだろうが負けは負けなので。ただ、それを言うと出てくれていたのは新しく入った小田だったりとか、2年生の田中だったりしたので2人にはすごく負荷をかけてしまいました。このチーム状況がかなり危ない状態で、どうしてそんな状況になったかと考えると自分にももっとやらなければならない事があったように思えてきて。敗因、と一言で挙げることはできませんでしたがその中には主将である自分のせいだっていうところもあります。
――今後競技を続ける予定はありますか
日本拳法はたまに部活に顔を出すくらいになると思います。でも他の格闘技はつづけていきたいな、と。
――森さんにとって日本拳法部はどんな場所でしたか
大学生活で唯一、自分の場所だったかなって思える場所です。
――来年に向けて後輩たちへのメッセージをお願いします
後輩達には僕達みたいな思いをして欲しくないって思っています。勝負は思っているより残酷で、負ける時は本当に呆気なく負けるって今回で学べたと思うんですけど、この学びはこれ以上後輩達に学生の間はして欲しくないなって。人生100年ある中のたった4年の大学生活は、まだ20歳前後の自分たちにとっては人生の5分の1くらいの重さがあります。この4年間、もしくは高校からやっている人たちだったらもっと長くの時間を費やしてきても、本当にきょう1日で全てが終わってしまう。負けてしまえば、僕なんてきょうの試合時間は20秒台で終わってしまったので、本当に呆気なくって。長く頑張ってきたものも一瞬で終わってしまうこともあるっていうことを、1人1人に自覚してもらって、すごく貴重な時間を使ってやって来ているってことをきょうの試合を通してでもいいので学んでもらいたいです。そしてこの悔しさをバネにして、シード権を取り返すのはもちろんのこと、優勝旗を奪還してほしいと切に願っています。
小川友太朗(商4=広島・基町)
――小川さんご自身は幸先の良い1勝目を挙げられたと思います
自分の役割としては最初に1勝を挙げることが仕事だと思っていたのでその役割を果たすことはできたと思います。団体戦で最初に勝って流れを作ることが求められていたことは今までもあったので今回もまずは勝ちに行くことになっていました。
――きょう先鋒に起用された理由というのは
まず初戦だったということで、僕が1番確実に投げ技とかで点を取れるということと、前に流通科学大学と対戦した時も代表戦で勝っていたので、僕なら1勝を持って帰ってこれるだろうというのがありました。
――4敗目が決まった時、隣の森川さんに肩を回していたのが印象的でした
僕も、新人戦のあたりで自分で勝敗が決まってしまうことがあったので。団体戦なので僕が勝っていてもチームメイトが負けてしまったらそこで負けなので。慰めるというか、まだ彼には次があってこれからの中心になっていく選手でもあるので強くなってほしいという意味で「大丈夫」と。
――今後競技は続けられますか
僕はまだあともう少し大学にいるので、後輩の指導だったり、来年入ってきてくれる推薦生の子に対しても指導という形で関わっていけたらいいなと思っています。
――小川さんにとって日本拳法部はどのような場所でしたか
4年間、結構試合にも出させてもらって自分の大学生活の全てみたいな感じですね。
――最後に後輩達にメッセージをお願いします
シード権を残してあげられなかったのはすごく申し訳ないんですけど、これからもう1度勝ち取りに行く力が彼らにはあると思うので、しっかり頑張っていって欲しいところです。
森川晋平(スポ2=奈良県立青翔)
――きょうの試合を振り返ってみていかがでしたか
非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。先輩方の4年間の努力を、次の試合に繋げることができなくてすごく後悔しています。
――この初戦敗退という結果はどのように受け止めていますか
ギリギリで勝ったり負けたりが続いた中で負けてしまったということで、悔しい気持ちでいっぱいです。
――試合では思うように攻めることができないという場面が続きました
相手の方が一枚上手という面もあったので、正直勝ちに行くというよりは引き分けを狙いに行った部分がありました。その引き分けを狙いに行ったぶんだけ、後手に回ってしまったんだと思います。
――4年生に伝えたい事はありますか
本当に試合でもプライベートでもおんぶに抱っこでここまで連れてきてもらったので、恩返しの一つもできなくて悔しいです。少し違う形になるかもしれないんですけど、これから僕が成長して勝っている姿を見せることで恩返しができたらなぁと思うので頑張ります。
――来年に向けて意気込みをお願いします
勝てる選手になります。