準硬式野球部は『プロフェッショナル』(前田副将)/引退コメント集 投手・トレーナー・マネジャー編

準硬式野球

最後の試合を終え、清々しい表情を見せる前田副将

前田直輝副将(スポ4=熊本)

――きょうの試合を振り返っていかがですか

負けてしまったのですがやり切ったというか。自分自身としては、いつも通りピンチの場面で投げて、しっかりと抑えることができました。いつも優勝した後とかいい所で負けた時とか泣いていたのですが、きょうは本当にやり切って、悔いが全く無かったので泣かなかったです。本当にスッキリと引退というのを迎えることができて、負けたのですがすごくいい試合だったなと思います。

――きょうもピンチの場面(7回1死一、二塁)で登板し、無失点で切り抜けました。ご自身の投球はいかがでしたか

きょうは(試合に)入り込みすぎて忘れてしまったのですが。きょうは自分も悔いのない球を投げようと思いましたし、龍平(吉田主将、スポ4=東京・小山台)と組むのも最後だったので、龍平にもどんな結果になっても納得してもらえるように、自分の持てる力を全部出して投げ切ろうと思っていました。なので自分からタイムを取って、(吉田龍と)相手をどう抑えようかという話し合いをしました。2/3イニングしか投げていないのですが、すごく充実していて時間が長く感じて、今までで一番冷静に投げることのできたイニングだったと思います。

――本日をもって引退となりますが、四年間を振り返っていかがですか

割と早い段階で試合で使ってもらって、もちろんいい経験も沢山しましたけど悔しい思いも何度もしてきました。去年の関東大会(関東地区大学選手権)で自分のせいで負けたというのが、自分の野球人生の中で一番大きな出来事でした。あの負けがあったにも関わらず去年の幹部の方が自分を信じて使ってくれたのでそれが今年の結果にもつながったと思います。最後に自分の代で3冠も達成できて、1番最後に(関東地区大学・社会人王座決定戦(関東王座)で)いつまで野球やるんだろうというくらい長く野球させてもらって、この一試合に四年間の全てが詰まったと言ってもいいくらい、充実した四年間だったと思います。

――一番の思い出は何ですか

一番の思い出はやっぱりその関東で負けた試合なのですが、それ以外の一番いい思い出というのは、やっぱりきょうになるんですかね。きょうの試合で自分自身も満足のいくピッチングができましたし、最後杉山(周平、教4=神奈川・山手学院)が6回投げてくれて。杉山で負けたら仕方がないと自分も思っていましたし、チームのみんながそう思っていました。そんな中で、延長13回までという熱すぎる試合ができてすごく幸せだなと思いました。

――前田副将にとって準硬式野球部というのはどんな存在ですか

『プロフェッショナル』みたいな。自分で活躍できる場所を見つけてそこをつかみに行けばどんな人でも輝ける場所なのかなと思います。自分自身も元々ずっと先発をやってきた人間なので、先発投手が頭から最後まで抑えるというのが一番かっこいいと、ピッチャーはそこを目指すべきと思っていました。でも大学で、ピンチになったら前田というポジションを与えてもらって。自分自身を見つめ直して、いつでも投げられてコントロールで勝負していける所を考えた時に、そのポジションが自分が活きる道だと思いましたし、そこを何が何でもつかみにいこうとやってきた四年間でした。プレーヤーとしてでも応援でも輝いている同期が沢山いましたし、試合に出られなくてもベンチで支えてくれる、ベンチの主役になっている同期もいました。そういう一人一人の役割を、後輩達があのポジションを自分が取りたいと思ってやってくれるといいなと今は思っています。

――最後に改めて後輩の皆さんに一言お願いします

今年は結果が出た代だったので次の代への注目が高まると思いますし、より高いものが求められて苦しいことが多いのではないかと思います。自分達も3月は本当に苦しくて。でも、苦しい後でも優勝したらその苦しさなんて、それがあって良かったなと逆に思えるくらいに充実感を得られると思います。まずは自分達が獲れなかった関東大会を獲って全日出場を決めて、自分たちにぜひ応援に行かせてほしいなと思います。

杉山周平(教4=神奈川・山手学院)

――きょうの試合を振り返っていかがでしたか

相手は最後、中央大学ということで準硬式野球界ではトップに君臨しているチームというのもあって厳しい試合になるだろうなと予想していたのですが、中盤以降はどちらも点が入らずに緊迫した試合でした。本当は勝てるのがベストだったのですが、なかなか相手も強くて。負けてしまったということはやはり悔しいですが、僕自身は最後6回投げさせてもらって、悔いのないボールを投げようと決めていました。それでタイブレークになるまではしっかり粘って0点に抑えることができて、自分の投球内容自体には悔いのようなものはなくて割とやり切ったなという気持ちです。

――四年間を振り返っていかがでしたか

チームとしては、2年間は試合に出させてもらいながらも勝てない時期があってすごく悔しい思いをたくさんしてきたのですが、3年4年とチームとして清瀬杯(清瀬杯全日本大学選抜大会)優勝、春秋(東京六大学春季、秋季リーグ戦(リーグ戦))優勝、全日(全日本大学選手権)優勝と先輩たちや同期たちと優勝という経験をすることができて悔いのない四年間だったと思います。個人としては、けががあって投げられない悔しい時期が多かったのですが、最後こういったかたちで夏秋と投げられるとは思っていなかったですし、同期の仲間とやり切ったというかたちで終わることができて準硬式野球部に入って良かったなと感じました。

――四年間で一番印象に残っていることは何ですか

全日で優勝したことじゃないですかね。全日まで投げられなくて全日が復帰戦になって5試合中3試合無失点に抑えて最後胴上げしてもらうことができて同期の仲間たちが駆け寄ってくるというのは不思議な気持ちというか。その時は実感が湧かなかったのですが、終わってみてあの瞬間はすごく最高だったなというのを思い返していると感じますね。

――後輩たちに一言お願いします

最後、結果を残してきた代でもこうやって負けてしまって。この一敗というのは後輩たちに良い意味でも悪い意味でも課題を残したのかなと思っています。特に僕はピッチャーなのでピッチャーの後輩たちに。もちろんこの大会でベンチに入っていた選手もそうですし、出ていない選手にもいい能力を持っているけどそれを出し切れていない選手がいると思っています。準硬式野球はなかなか教えてくれる人がいない中でどれだけ自分で考えてやれるかというのが大事だと思っているので、後輩同士で切磋琢磨して、考えて、自分なりの納得するピッチングを見つけてもらいたいし、それができる後輩のピッチャーだと思っているので期待しています。チームとしても僕たちの成績を超えられるかはわからないですけど超えてほしいし、ぜひまた見に行きたいです。かわいい後輩たちなので期待しています。

2度のベストナインを獲得した久郷

久郷太雅(創理4=静岡・沼津東)

――きょうの試合を振り返っていかがでしたか

本当にピッチャーも野手も出せる力を全部出して総力戦だったなと思います。負けてしまいましたけど、自分たちがやり切ったと言える試合が出来たのではないかなと思います。

――四年間を振り返っていかがでしたか

四年間を振り返ってみるとリーグ戦でたくさん勝たせてもらいましたし、ベストナインも2回取ることができましたし、今シーズンは悔しいシーズンだったのですが全体で見たら満足のいく結果を残すことができました。そういった意味で後悔はないです。

――四年間で一番印象に残っていることは何ですか

去年の関東大会で中央大相手に完投勝利したときですね。それまで中央大といえば強いなというイメージしか持っていなかったので、そのようなチームに9回1失点という結果を納めることができて大きな自信となったのを今でも覚えています。

――後輩へ一言お願いします

ピッチャーに関して言えば、今シーズンもずっと軸で投げてきた選手が抜けるので、また新しい投手陣を作り上げてほしいと思います。野手も同じで先輩たちを追いかけるのではなくて、自分たちの色、自分たちのやりたい野球というものをつくって、それを目指してほしいなと思います。

宇野澤拓海(人4=東京・西)

――今の気持ちを聞かせてください

寂しさとやり切った感でいっぱいですね。野球を12年間やってきて、これからは野球から離れてしまいますが、やり切ったなという思いはあります。次のステージで準硬で学んだことをしっかり生かしていきたいです。

――大学四年間を振り返っていかがですか

高校までの感じで言うと、決して強いチームに入ることはできなくて。大学に入ってレベルの高い環境になって全国も狙えるというところから、自分たちの代で全国大会に行けて優勝できたというのは自分の人生の中で大きなものになったなと思います。

――宇野澤選手にとって早大準硬式野球部はどのような存在でしたか

義理のおじさんですかね(笑)。やっぱりそれはなしで、兄弟みたいな存在でしたね。少し上の先輩たちや少し下の後輩たちから本当にいろいろ学ばせてもらいましたし、縦のつながりを意識させてもらったので兄弟かなと思います。

――四年間ともに戦ってきた仲間への思いを

本当に野球だけではなくて日常生活から8割くらいは一緒にいたので、彩りをありがとうという感じですかね。

――最後に後輩に向けてメッセージをお願いします

四年間の大学生活という貴重な時間を準硬式野球部に使っているということは良いところも悪いところもあると思うので、準硬の最大限の時間を過ごせるように意識してほしいなと思います。

江藤健太(教4=早稲田佐賀)

――本日をもって引退となりましたが、四年間を振り返っていかがですか

色々なことがあって。自分は3年生の時に試合にずっと出させて頂いて、試合に出られて良かったのですが、最後の学年で全然出られなかったので、後悔のようなものはとてもあります。でも、チームとして最後の2年間はすごくいい思いができて、自分としては早稲田準硬に入れて、そこでプレーできて良かったなと感じます。

――四年間の中で一番心に残っていることはありますか

3年の秋季リーグ戦の明大1回戦です。そこで自分が初めて先発として出て勝ったというのが自分の中ではすごく思い出に残っています。

――後輩たちへ一言お願いします

自分たちの代がこうやっていい成績、いい思いをさせてもらったのも後輩たちのおかげだと思います。もちろん4年生の、幹部の龍平(吉田)や前田のおかげもあるのですが、自分たちの代だけではなくて後輩たちのおかげで優勝できたというのもあるので、ありがとうという気持ちです。自分たちが達成できなかった関東大会と今回の関東王座(関東地区大学・社会人王座決定戦)を獲って自分たちを超えられるように頑張って欲しいです。

最後の試合後、堂々とエール交換を行う菅野

菅野太一(商4=東京・早実)

――きょうの試合を振り返っていかがですか

最後に中大という準硬最強のチームといい試合ができて良かったです。

――きょうは応援としてチームを盛り上げました

そうですね。自分はベンチに入っていないということで、そういう役回りでチームに貢献できたらと思っていました。相手には吹奏楽部がいて、すごく盛り上がっていたので、それに負けない応援ができたのではないかと思います。

――早稲田はどのようなチームでひたか

本当に崖っぷちに強いチームだと思います。粘り強くて、最後まで勝ちを諦めなかったですし、春も土壇場から4連勝したり、全日でも逆転勝利が多かったり。最後の勝負強さっていうところが、どの試合でも勝ちに転がったのかなと思います。

――ご自身の四年間を振り返っていかがですか

自分はチームでピッチャーとしてはあまり貢献できなかったですが、自分の代で新人戦を優勝したところから始まって、春季リーグ戦や全日、秋季リーグ戦で優勝することができて、非常に濃い4年間になりました。準硬という日の目を浴びない部活ですが、本当に四年間やりきったなと思います。

――一番の思い出は何ですか

全日優勝の瞬間ですかね。やはり感慨深いものがありましたし、全日に向けて自分はメンバーを外れて、その中でチームにどのように貢献できるか考えました。バッティングピッチャーだったりとか、少なからず貢献できたのかなと思います。あの優勝の瞬間というのは、自分の中で一番の思い出です。

――同期への思いを聞かせてください

自分の代になってから上手くいかないことが多くて、最初は関東選手権でコールド負けというどん底から始まりました。みんながよく頑張って、まとまったことで結果を残せたと思うので、メンバーにはありがとうと伝えたいです。

――後輩達へメッセージをお願いします

100人を超える大所帯のチームになりました。なのでメンバーに入らない選手の方が多いと思うのですが、その中で自分がいかに価値を、存在感を示せるかがスタメンにもつながりますし、就活などにも生かせると思います。大所帯でも一人一人が力を出せばいい結果が残ると思うので、特にメンバー漏れしている後輩の代には腐らず、頑張ってもらいたいと思います。次期主将には、大人数をまとめるのは大変ですが、やり切ってほしいと思います。

小池文弥(教4=埼玉・早大本庄)

――四年間を振り返っていかがですか

「レベルの高い所でチャレンジしてみたい」という思いがあり、四年間チャレンジしてきました。結果的には、とても分厚い投手陣の中で芽が出せず、3年夏に椎間板ヘルニアになり7ヶ月くらい投球できない時期があり、自分としては不完全燃焼に終わりました。チームの直接的な勝利に貢献も出来ない、イップス気味になりストライクが入らないという事もあり、正直「準硬に自分の存在意義なんてない」と思う時期もありました。しかし、同い年の同級生が一生懸命グラウンドで結果を残し続ける姿を見て、自分だけ諦めるのは違うと思い、フリーのバッティングピッチャーを積極的に務めたり声を出して雰囲気を出す事に努めたり、その時自分にできる精一杯を出し切り、最後まで四年間駆け抜けた事は自分の自信になりました。最強な仲間たちと4年最後の夏に日本一の景色を見られた事は一生の宝物です。この学生主体で臨んだ四年間を通じて、チャレンジし続けることの大切さ、夢を追いかける楽しさを誰よりも強く感じました。将来は学校教員になり、あの頃腐りかけていた自分のような生徒がいたら手を差し伸べ、一緒に頑張っていきたいと思います。

――一番の思い出を教えてください

4年春の関東大会前に行われた紅白戦での1イニングです。3年夏にヘルニアを発症して以来の、最初の実戦登板でした。毎週注射を打ちながら治療し、やっと治りかけてきてつかんだチャンスでした。マウンドに上がった時、スタンドにいる同期から「おかえりなさいー!」という声が聞こえ、大して結果も残していない自分のような選手にもみんな温かく復帰を祝福してくれた事に本当にうれしい気持ちで一杯になりました。その日は調子が良く、三者三振で締めくくることができ、部活を辞めないで長いリハビリ生活を頑張ってきて良かったなと自分自身にも感謝の思いで一杯でした。たった1イニングでしたが、私にとってはかけがえのない時間でした。

――後輩たちに向けてメッセージをお願いします

私はBにいる時間が長かったので、後輩の皆さんがチームに対して本音はどう思っているのかや、その都度のモチベーションの変化を間近で見ていました。特に早稲田の準硬は、日本一になるくらいレベルが高く、下級生の投手たちはあまり登板機会ももらえずもしかしたら4年生のことをあまり良く思っていないのかもしれません。ですが、公式戦のたびに毎回精一杯声を出して、特に全日の時のスタンドにいる下級生の応援は本当に素晴らしく、胸が熱くなりました。これから野球を続けていく中で、3年生は特に、就活や単位取得、自身の都合などでグランドに来られない日が少なからず来ると思います。そんな時、忙しいながらにも日々準硬の事で頭を一杯にしている幹部の事を忘れないでほしいです。龍平、前田、山口は、自分たち4年とぶつかりながら日本一のチームを作っていきました。彼らの思い、行動無しには成し得なかった優勝だと思います。まだ3年生の代は誰が主将になるか分かりませんが、準硬を現役でやっている時間はどんな時も野球と正面に向き合ってほしいです。たとえ最後スタンドでメガホン叩いて応援で終わろうと、最後まで高みを目指して頑張って欲しいです。周りの目や指導者の目を気にして自分を良く見せようとせず、自分のやりたい野球に対して一生懸命に懸けてみて下さい。そうすればきっと未来が見えてくるはずです。長々と失礼しました。

全日で日本一の応援を行った選手たち。中央が小池

板崎悠馬トレーナー(スポ4=愛知・海陽中教校)

――きょうの試合振り返っていかがですか

選手は持っている力を全て出してくれたと思いますし、日本一になったことがあるチームでも、準硬で一番強いと言われる中央大学に勝つことは難しいのだなと感じました。僕はスタンドで応援していたのですが、後輩も4年生も一体となって選手の背中を押すことができたので、その結果このように食らいついていくことができて良かったかなと思います。

――トレーナーを務めたご自身の四年間を振り返っていかがですか

上手くいかないことが多くて、毎日グラウンドに行くのが不安で仕方がなかったです。今こうして終わってみて、納得しているかと言われるとそうでもないのですが、四年間大学で部活を続けさせてくれた両親や、僕がきつい時に支えてくれた同期、同じトレーナーの先輩の椎名さん(裕実氏、平31人卒)、後輩として入ってくれた高垣(有希、スポ3=大阪・早稲田摂陵)にはすごく支えられました。あとは監督やコーチにも感謝の気持ちを伝えたいです。今年1年間を振り返っても、うれしいことや悔しいこと、喜怒哀楽が激しいシーズンでした。その色々なことを胸にしまって、これからの人生の糧にできたらいいなと思います。

――後輩たちにメッセージをお願いします

まずはトレーナーとマネージャーには、なかなかグラウンドで集まってということもできないですし、喜びを実感しにくいと思うのですが、必ず自分のやっていることはチームのためになっているし、勝利につながると僕はこの四年間で思ったので、自分のやっていることを信じて頑張ってほしいなと思います。選手には、スタッフやトレーナー、マネージャーがいつも頑張っている姿が目に映ると思うので、その時に少しでも感謝を言葉や、何かしらのかたちで伝えてくれたらと思います。

岡田真季マネジャー(教4=東京・文京学院大女)

――本日をもって引退となりますが、四年間を振り返っていかがですか

長いようで短いようで、めちゃくちゃ長かったです(笑)。色々なことがあったのですが、いい同期だったなと思います。すごく名残惜しいですね。結構泣いちゃいました。

――一番の思い出は

このチームでこの学年でタイトルが取れたというのが、自分の力ではないですがすごくうれしいです。でも月並みですけど、タイトルを取ったことより、過ごした四年間の時間が一番大事かなと思います。

――後輩の皆さんへ一言お願いします

不甲斐ない四年生についてきてくれてありがとうというのと、1個学年が上がっていいチーム、いい部活という組織を作っていくために自分に出来ることをやって欲しいと思います。本当にいい子達なので、キャプテンの言葉にもあったと思うのですが、振り返った時に準硬で良かったと思えるようにして欲しいと思います。

橋本理華子マネジャー(社4=東京・郁文館)

――きょうの試合振り返っていかがですか

最後にいい試合を近くで見ることができて良かったです。でもやっぱり勝ちたかったというのはマネージャーもみんな思っていて、すごく悔しいです。

――ご自身の四年間を振り返っていかがですか

楽しかったことも辛かったこともたくさんあったのですが、先輩や後輩、特に同期に支えられてここまで頑張ってこられました。このチームのマネージャーになれて、みんなに出会えて本当に良かったです。

――一番の思い出は何ですか

全日の優勝です。

――同期への思いを聞かせてください

マネージャーという立場だったのですが、逆に支えられることの方が多かったです。1年生の時に、やめようと思ったことがあったのですが、その時も同期の言葉に助けられて続けることができました。この同期で良かったと思いますし、出会えて良かったと思います。自分の誇りです。

――後輩たちへメッセージをお願いします

後輩たちには自分たちが達成できなかった『五冠』を達成してほしいですし、みんなが優勝して、続けて良かったと最後に思えるように頑張ってほしいです。これからも野球速報を見ながら応援し続けたいと思います。

(取材・編集 池田有輝、新井万里奈、鬼頭遥南、小山亜美、西山綾乃)

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