【連載】『令和元年度卒業記念特集』第7回 太田麻友/剣道

剣道

人生の要、剣道

 剣道は、様々な人や経験の繋がりの要だったと太田麻友(スポ=大阪・守谷)は語る。主将としての立ち位置に戸惑いながらも仲間と団結し、勝利を真摯に目指してきた太田の早大剣士としての4年間を振り返る。

 小学1年生で家族の影響で始めた剣道は、純粋な遊びから学年を重ねるにつれて真剣度を増していった。中学3年生では大阪選抜チームに抜擢され、都道府県対抗戦で優勝、全国大会でも団体、個人ともにベスト8。高校3年生時には玉竜旗大会で3位という輝かしい実績を挙げた。順風満帆な剣道人生の次のステップとして太田は早大を進学先に選んだ。その理由として太田は先輩の存在と早大剣道部の試合に対する姿勢を挙げた。出身高校は強豪校として知られ、結果に追われる緊張感を感じていたという太田。強豪校にプレッシャーなくチーム一丸となって果敢に挑む早大の姿には憧れを抱いたという。理想の剣士へと近づくため、先輩たちの背中を追って晴れて早大剣士となった。

激しく竹刀を戦わせる太田

  高校よりも厳しい大学での練習や、その練習メニューなどを自ら考えることを要求されることは大変だったがとても充実していたと太田は振り返る。4年生では主将に任命され、人の上に立つ難しさを痛感したという。その時、太田を支えたのが主務の川端美紗紀(教育=鹿児島・錦江湾)だった。「川端がいなかったらできなかったと思う。」と並々ならぬ感謝の念を漏らした。リーダーシップを発揮することを苦手に感じていた太田だが、川端を筆頭とする個性溢れる同期たちと支え合い、どんな苦難も乗り越えてきた。最も印象深いと語った試合は、4年生で迎えた最後の早慶戦である。4年間出場し続けてきた中で、初めて大将戦までもつれ込んだ。本当に最後の集大成、連覇を途絶えさせてはいけないという思いと早慶戦にかける仲間たちの思いを背負って、見事勝利。女子主将として、チームの大将として有終の美を飾ることができた。

 

 後輩には、太田が早大に入学してから一度も叶えることができなかった全日本女子学生優勝大会への団体出場を期待すると語る太田。しかし結果にこだわるだけではなく、仲間と切磋琢磨する早大での剣道生活を充実したものにしてほしいと述べた。太田自身、結果としては悔いの残る部分も多いが、人間形成という意味では大きく成長できたことを実感しているようだ。様々なバックグラウンドで入学してきた部員たちと過ごす中では、剣道の技術だけでなく多様な価値観についても知ることが出来たと語った。太田は4年間を振り返り、100点中50点と点数を付けた。「結果としては自分自身も3、4年生の試合が振るわなかったり、団体では全日本に出場できなかったりで10点ぐらい。残りの40点は剣道をやって人間的に成長できた分です。」と総括した。

 最後に太田は「剣道は私の中で繋がりの要です。剣道を通じていろんな人と出会えたり、様々なサポートしてくださる機会が増えたり。そもそも剣道がなかったら、まず早稲田に来ることが出来ていなかったと思うので。本当に剣道の存在はとても大きいですね。」と出会いや経験への感謝で締めくくった。

(記事 坂田実咲、写真 湯口尊)