悔しい幕切れとなった。3年ぶりの優勝を目指して挑んだ全慶應義塾対全早稲田定期戦(早慶戦)。しかし、高校生障害飛越競技(高校生障害)以外の全競技で敗北という結果に終わり、この1年を勝利で締めくくることはできなかった。
初日から苦戦を強いられた。第1競技のヤングライダープレリミナリーテストには3人馬が出場。石山晴茄(スポ3=茨城・つくば秀英)と下愛理彩(社3=東京・早実)が60パーセントを超える得点率をマークしたが、総得点では7.5点慶大を下回り惜敗する。さらに続くL1課目では大沢暁音(スポ1=茨城・真壁)がトップの座をつかむも、2〜4位は慶大の選手に占められここでも敗北。馬場馬術競技で慶大を下すことはできなかった。早大の得意とする障害は制したいところであったが、そう簡単にはいかない。第3競技の小障害では、慶大は4人馬がジャンプオフへと駒を進めたのに対し、早大は福田かおり副将(スポ4=神奈川・公文国際学園)のみ。その福田もジャンプオフでは総減点18で、進出者中最下位に沈んだ。ここまでの勝ち点は3—7。残りの競技を一つでも落とせば優勝を逃すという厳しい状況で、初日を終えた。
L1課目でトップの成績を収めた大沢とエーデル・シュタイン
そして迎えた2日目。第4競技の高校生障害は早実高が勝利したものの、第5競技のOB障害を落としてしまい、優勝の可能性は消滅する。それでも現役生で1勝でも奪うべく最終競技の中障害に挑んだ。早大勢のトップバッターで登場した石山は、危なげない走行でクリアラウンド。幸先のよいスタートを切った。しかし、続く山下大輝(スポ2=宮城・東北)は4位に食い込んだものの、総減点6を喫しジャンプオフには進めず。山田雪乃副将(文4=群馬・渋川女)は最終障害で2つ目の反抗があり、あと少しのところでフィニッシュラインを通過できなかった。そして石山もジャンプオフでは反抗や障害の落下があり3位。2走行とも減点0だった慶大の津田脩子と髙橋駿人には及ばなかった。
早大で唯一ジャンプオフに進んだ石山とゾビオン
「圧倒的総合力の差が出てしまいました」(山口ありさ主将、文構4=東京・恵泉女学園)。選手層の厚い慶大に、地力の差を見せつけられる結果となってしまった。この試合をもって4年生は引退。新主将の蒔苗知紀(国教3=東京・玉川学園)を中心とした新チームが結成される。「(来年の早慶戦は)是が非でも勝って、優勝トロフィーをワセダに持ち帰りたい」(蒔苗)。これ以上宿敵に屈するわけにはいかない。1年後、真の覇者となるための一歩が、今踏み出される。
(記事 宇根加菜葉、写真 日野遥、細井万里男)
※掲載が遅くなり、申し訳ありません
結果
▽第1競技 ヤングライダープレリミナリーテスト2009
●早大1—3慶大
2位 石山・稲隆 60.520パーセント
4位 下・エーデル・シュタイン 60.260パーセント
5位 福田・カプチーノA 57.552パーセント
▽第2競技 JEF馬場馬術競技L1課目2013
●早大1—2慶大
優勝 大沢・エーデル・シュタイン 63.933パーセント
5位 萬田雛乃(人3=東京・東学大付)・カプチーノA 60.600パーセント
6位 野中友貴(国教4=International School of London, Qatar)・稲彩 58.000パーセント
7位 山口・稲隆 56.800パーセント
11位 木村澪(国教3=神奈川・サンモールインターナショナルスクール)・稲俊 53.733パーセント
▽第3競技 現役小障害飛越競技
●早大1—2慶大
5位 福田・ゾビオン 総減点0(ジャンプオフ 総減点18)
6位 下・稲純 総減点4
栗原穂高(教3=埼玉・早大本庄)・タニノマティーニ 2反E
山口・稲翼 2反E
▽第4競技 高校生障害飛越競技
◯早実高2—1慶応高
▽第5競技 OB障害飛越競技
●早大OB1—2慶大OB
▽第6競技 現役中障害飛越競技
●早大1—3慶大
3位 石山・ゾビオン 総減点0(ジャンプオフ 総減点15)
4位 山下・タニノマティーニ 総減点6
山田・ペルペチュエル 2反E
▽最終結果
優勝 慶大
2位 早大
コメント
山口ありさ主将(文構4=東京・恵泉女学園)
――馬場の演技を振り返って
60パーセントはもちろんそれを超える演技をすることを目標に、1年間周到な準備をしてきたので悔しさしかありません。L1(L1課目)は完成に近づいていて、心配事もほとんどなかったほど勝つ気でいました。稲隆で練習を見てくれた石山(晴茄、スポ3=茨城・つくば秀英)に申し訳ないです。
――障害では失権となってしまいましたが、振り返っていかがですか
下見の際に怪しいなと思っていた4番障害でまんまとやられてしまいました。怪しいと思っていたなりに対策をするべきでした。もう一度走行したいです。
――早大全体の成績をどう捉えられますか
完敗してしまいました。中間層が特にケイオー側との差を感じました。圧倒的総合力の差が出てしまいました。また戦略を変えていれば、勝てるところもあったはずなので、ある戦力を生かし切れなかったという感じです。
――主将を務められた1年間を振り返っていかがですか
主将として乗り手として自信を失った時期もありましたが周りの人に支えられて何とか、務め上げることができました。特別な経験をさせていただきました。ありがとうございます。
――馬術部で過ごした4年間を振り返って
たくさんつらい経験があったはずですが、思い出すことは楽しかったことばかりです。馬術だけでなくいろんなことをたくさんの方々から教わり、人間として成長できた4年間でした。続けてよかったです。
――後輩に向けてのメッセージをお願いします
限られたチャンスをつかんでください。馬ありきの部活なので、馬たちの健康を第一にして欲しいです。つらい時期もあると思いますが、乗り越えると新しい景色が見えるので常に謙虚にいろんなことを学んで欲しいです。
福田かおり副将(スポ4=神奈川・公文国際学園)
――馬場の演技を振り返っていかがですか
前日の練習でとても調子が良かったのですが、前日調子が良いと当日も良いというわけではないことはこの1年で身に染みていたので正直心配していました。案の定、経路に入ると重くなり、最近は落ち着いていたのに物見をしてしまいました。ミスにつながり、満足な結果とはいきませんでした。
――障害の最初の走行は減点0でしたが振り返って
ケイオー勢が続々と減点0で帰ってくるなかで、私はワセダ勢最後の出番でしたが、直前まで減点0のワセダがいませんでした。なんとしても減点0で帰ってこなければという思いでした。準備運動では調子が良かったのでイメージ通りいけば大丈夫だと思いました。ただ、コースに入ったとたんに馬のやる気が必要以上に入ってしまって人が慌ててしまいました。ただ帰らなければという思いで必死に馬を曲げた記憶しかありません。内容は悪い走行となってしまいました。馬にケガをさせてしまわないか不安ばかりでした。
――ジャンプオフを振り返っていかがですか
1回目の走行で少し怖くなってしまい、守りに入ってしまいました。インコースに入ろうと思っていたところでアウトコースとなってしまい馬は飛んでくれましたが思ったような内容ではなかったです。
――副将を務められた1年間を振り返って
選手として、多くの同期や後輩、コーチに支えられました。支えてもらえる、応援してもらえるありがたさを感じた1年間でした。馬術は個人競技ですが、部として、選手だけではない団体で出場している気持ちが大きかったです。その気持ちを知ることができただけでも大切な宝物になりました。その応援に応えたいと思っていましたが残念な結果となってしまったことは本当に申し訳なく思っています。
――馬術部で過ごした4年間を振り返って
正直最初はつらくて辞めたいと何度思ったか数えきれません。ただ先輩がかっこよくて、普段の頑張りを見てくれている先輩がいると気付いて、試合に出させてもらって、うれしいこともたくさんありました。ただ4年間続けてこれたのはひとえに同期のおかげだと思っています。
――後輩に向けたメッセージはありますか
まず、選手として頑張っている人は自分が頑張って結果を出すことも大事ですが、周りをよくみて、応援してもらえていることを実感してほしいです。もしそれを感じていない人がいるならそれはもったいないことです。自分の日頃を振り返ってみてほしいです。部活である以上、選手が目立ちますが、選手以外にも大事な役割を果たしてくれてる部員はたくさんいますし、その人たちがいないと部が回らないこともみんな分かっています。面倒に思えることもたくさんあると思いますが、自分のためではなく、好きな先輩、後輩のために頑張ってみたら楽しいことも増えるのではないかと思います。1年生は紅白戦を控えていますが、その期間にみんな急成長しています。次に見るときを楽しみにしています。なかなか難しいことは分かっていますが、何事も前向きに積極的に取り組めば、見てる人は見ています。チャンスはたくさん転がっていると思うのでぜひ悲観せず頑張ってほしいと思います。最後に、一番大事なことは同期を大切にすることだと思っています。うまくやろうというのは我慢するだけではありません。時にはぶつかることは大事なことです。私たちは1年生のころから何度もぶつかりました。引退のときにこの同期でよかったと思える関係でいてほしいと思います。
山田雪乃副将(文4=群馬・渋川女)
――障害は失権となってしまいましたが、振り返っていかがですか
最後の試合、最終障害での失権は非常に悔しく、心残りとなる引退試合となりました。走行としては、4番障害、9番障害の停止と、2番障害の先飛び以外は完璧に近い飛越ができたと自負しています。その飛越が出来たのも、今まで熱心に指導してくださった父、先生、OBの方々の教えがあったからだと感謝しています。全力を出し切れて、この結果だったので、悔しいですが、楽しく試合ができたと納得のいく走行でした。
――副将として過ごした1年間を振り返っていかがですか
副将としては、経験者でもあったので、主に後輩指導に力を入れてきました。1年では指導し切れず、もっと教えたいという気持ちはありますが、私が教えたことから後輩が新たに気付いて、考えて、うまくなっていってくれればこれよりうれしいことはないです。
――馬術部で過ごした4年間を振り返っていかがですか
4年間は思い返すと本当にあっという間で、特に最後の1年は一瞬でした。つらいこと、逃げたいことがたくさんあって、辞めたくなる時期もありました。ですが、不思議なことに嫌なことよりも、楽しかったこと、うれしかったというイメージが記憶に残っています。22年間生きてきた中で一番充実した4年間だったと胸を張って言い切れます。
――後輩へのメッセージはありますか
何度も言いますが、4年間はあっという間です。気を抜いて過ごしていると、後悔する結果で4年間の部活動生活を閉じることになるので、考え尽くして部活動に臨んでください。部活動なので、理不尽や不満を感じることも多くあると思いますが、感謝と楽しむ気持ちを忘れずに、そうすれば人生の糧になる4年間を過ごせると思います。
野中友貴主務(国教4=International School of London, Qatar)
――馬場の演技を振り返って
ここ2週間程馬のコンディションが良くなくあまり練習ができていなかったので、人馬共に不安を抱えた中で臨んだ試合だったのですが、馬がよく頑張ってくれました。今回は馬が入厩日から落ち着いており、本番は適度に緊張している状態で演技することができたと思います。最後ということもあり、これまでの試合で学んだ馬の癖や細かいポイントに気を配り、丁寧に経路を回ることを心掛けました。いつもよりうまくいった運動もありますが、全体的に馬をまとめきれずメリハリ不足で、人の実力不足を痛感しています。目標としていた60パーセントに届かず悔しさは残りますが、最初で最後の早慶戦で今までで一番良い演技ができ、これまで指導してくださったOBOGの方々や同期、下乗りをしてくれた石山(晴茄、スポ3=茨城・つくば秀英)と頑張ってくれたヒカル(稲彩)に本当に感謝しています。
――今年主務として過ごした1年間を振り返っていかがですか
主務として過ごした最後の1年間が、今までで一番密度の濃い時間でした。主将(山口ありさ、文構4=東京・恵泉女学園)が思い描くチーム作りや部の運営が円滑に行えるよう、サポートしていくことを心掛けていましたが、考えの至らなさから迷惑をかけてしまうこともあり申し訳なかったと思っています。留学で部を1年間離れていた私が主務という役職を務められたのは、本当に同期の支えがあってこそですし、特に主将の山口からは部を引っ張る最上級生としてのあるべき姿や心構えを学びました。また、主務として馬術部内外の方々と接する機会が多くあり、改めて部の活動が本当にたくさんの方々に支えられていることに気付かされた1年間でした。
――この4年間を振り返っていかがですか
1年間の留学を挟んでの実質3年間だったのですが、振り返ればあっという間でした。馬術部での活動は、馬に乗っている時間よりもそれ以外の時間の方が圧倒的に多く大変なこともいろいろありましたが、不思議と一度も辞めたいと思わなかったのは、同期の存在が大きかったと思います。馬術部に入っていなければ一生知らずに終わったであろう経験をたくさんさせてもらい、人間として大きく成長させてもらったと感謝しています。
――後輩へ向けてのメッセージは
下級生のうちは誰よりも体を動かさなければならない大変さがあり、上級生になるとトップとして頭を使わなければならない大変さがあると思います。内容は変われど、最後まで大変なことはいろいろありますが、その大変さを乗り越えるには同期の存在が不可欠です。同じ目標を達成するために、思いやりを持って言いたいことを言い合える関係を築いていってほしいと思います。また、普段の練習姿だけでなく、馬に対する思いやりや与えられた役職に取り組む姿勢、試合会場での振る舞いなど、どんなに小さなことでも頑張りを評価してくれる人は必ずいます。一見馬とは関係ないように思うことでも周りの人はしっかり見ていますし、それがチャンスにつながることもあれば逆にチャンスをつぶしてしまうこともあります。これから大変なことは色々あると思いますが、来年、再来年、3年後、早慶戦で満足のいく結果を残して引退できるよう、頑張っていってほしいと心から願っています。
栗原穂高(教3=埼玉・早大本庄)
――早慶戦にはどのような思いを持って挑まれましたか
僕は入部してから3年間1度も早慶戦で優勝したことが無かったため、特にチームとしての勝利に貢献したいという思いを持って今回の早慶戦に挑みました
――障害は失権となってしまいましたが振り返って
直前に行われた関東学生男子競技大会(110センチクラス)で第1走行、ジャンプオフ共に減点0の6位入賞を果たしたこともあり100cmクラスとなった今回は精神的にもいつもより余裕を持って臨むことができていました。しかし、その余裕が油断となり4番障害飛越後にバランスを崩し5番障害で反抗を許してしまいました。その後もこれまでの試合であれば自分の気持ちと馬をすぐに戻して1反抗で帰ってくることができたと思いますが、今回は最後の大会で反抗をとられてしまった悔しさで気持ちが切れてしまい2反抗失権となってしまいました。
――途中入部かと思いますが、どうして馬術部に入部されたのですか
元々は競馬が好きでJRA(日本中央競馬会)への就職を考えていたため、少しでも馬について勉強がしたいという理由で入部しました。なので入部当初は馬術という競技自体にはあまり関心がありませんでしたが、3年間馬術を続けていくうちに馬術という競技自体も好きになりました。
――この3年間を振り返って
馬に何度も助けられた3年間でした。私は入部してからずっと担当をしてきたエスメラルダという馬で早学戦、男子自馬大会、早慶戦で入賞するという目標を持って活動をしてきました。しかし、昨年の10月に愛馬を腸捻転という病気で亡くしたショックから競技を引退し、サポートにまわることを考えたことがありました。そんな時に同期からの励ましを受け、新しい担当馬であったタニノマティーニで成績が出せるようになり、騎乗に対するモチベーションを取り戻すことができました。そこからはマティーニで有終の美を飾りたいという目標を再度掲げ充実した1年間を過ごすことができたと思います。今思い返すとこうして無事に引退を迎えることができたのは自分の力だけでなく、4年生や同期を始めとする部員や自分にチャンスを下さったOB・OGの皆様、そして何より1年間ケガをすることなく自分の練習に付き合ってくれたマティーニや早稲田大学馬術部にいる全ての馬達のおかげだと考えています。本当に感謝しています。
――これから最高学年になる同期への一言
つらい日々の練習も馬の世話も僕は早慶戦のためにやってきました。しかし、僕にはそれが果たせませんでした。この悔しさをこれから最高学年として部を引っ張っていく同期に晴らしてもらいたいです。来年の早稲田大学馬術部であればそれができると信じています。頑張ってください。
蒔苗知紀(国教3=東京・玉川学園)
――どういう経緯で次期主将に決まったのですか
僕は全く知らないんですけど、留学に行ってて1年間部活はいなくて、帰ってきてありささん(山口主将、文構4=東京・恵泉女学園)から「主将の線が濃厚だよ」とお伝えいただいて。あまり自覚というよりかは、いつも通りしっかりやるべきことはやって後輩の面倒を見るというかたちで過ごしていたら主将になりました。
――どういうチームにしていきたいですか
例年通り勝ちにこだわって、一戦一戦大事にしていって、その中でチームの目標もそうですけど、個人個人の目標でどの馬でどの大会に出て、どのくらいの成績を出すかという細かい目標立てもしていって、よりクオリティの高い勝利というのを求めていければいいかなとは思っています。
――今回は早慶戦に負けてしまいましたが、今後に向けての意気込みはありますか
来年はまた東伏見で開催するので、是が非でも勝って、優勝トロフィーをワセダに持ち帰りたいと思います。
大沢暁音(スポ1=茨城・真壁)
――早慶戦にはどのような思いを持って臨まれましたか
ワセダの得点に貢献できるように全力で頑張るという目標を立てて臨みました。
――馬場の演技を振り返って
エーデル(エーデル・シュタイン)と試合に出させていただくのは2回目で早慶戦までに練習できる期間もあまりなかったのですが、前の試合よりも完成度は高かったと思います。
――引退する4年生へ伝えたいことはありますか
1年間と短い期間でしたが、とてもこの1年学ぶことが多く、とても楽しく部活をすることができたので感謝しなければいけないと思います。ありがとうございました。
――来年は先輩となりますが、今後への意気込みはありますか
来年は2年生となり後輩ができるのでしっかりとお手本になるような先輩となり、馬を第一に考え成績を残していけるよう日々練習していきたいと思います。