自分で『考える』体操を
国際試合で団体優勝の経験もある藤原昇平主将(スポ=埼玉栄)。4年間の集大成として挑んだ夏、早大体操部が長年目標にしている全日本学生選手権(インカレ)団体3位に向けて、チームも藤原自身も仕上がりは上々だった。しかし肘のケガに襲われ、出場すらかなわなくなってしまう。それでも、主将の自分に何ができるかを考え続けた。その結果、学生最後の大会である全日本団体選手権(全日本)では6位入賞を果たし有終の美を飾る。いま、波乱万丈の4年間を振り返って何を思うのか――。
大学2、3年とU-21日本代表として経験を積んだ後、主将となって迎えた大学ラストイヤー。部全体のことを考えつつ、自分自身の成績も残していかなければならない立場に置かれる。気づかないうちに自分を追い込みすぎて、シーズン初戦の全日本個人総合選手権では思うように成績が伸びなかった。残りの試合を悔いなくこなしたい。そう思いチームづくりも自分自身も順調に調整できていたインカレ直前。ケガは、藤原が積み上げてきたものを一瞬で壊す。しかし、「主将としてできることはまだある」と諦めることはなかった。試合に出られなくとも、率先して器具の準備や声出しをしてチームに寄り添う藤原の姿があった。
全日本に向けてもう一度、藤原はインカレのときのようなチームづくりに尽力した。技術的なことはもちろんだが、一番重要視したのは雰囲気。力まず、一人一人がやるべきことをやって楽しむ、ということを全員で大切にして歩んできた結果、6位入賞という快挙を成し遂げる。「最後にこうやって結果が残せたということは、みんながいい方向についてきてくれたのかなと思う。大学最後の試合が2日間できたことが本当に幸せ」。この言葉に含まれた安堵感ははかり知れない。これまで藤原が選んできた道に間違いはなかったと、チームが証明してくれたのだ。ワセダとしての最後の団体戦は笑顔で彩られていた。
安定した演技でチームを引っ張る藤原
主将として一つの部をまとめるということは、そう簡単なものではなかった。そこで藤原が心がけたことは、部員とコミュニケーションをとること。自分から働きかけて、みんなが発言しやすい環境をつくりだした。また、藤原の練習姿勢は周りに大きな影響を与えた。「苦手そうな動きでも、体の使い方を工夫しながら挑戦していくところを尊敬している」と同期の小倉佳祐(スポ=千葉・習志野)が語るように、チームメイトは藤原がどれほど体操と本気で向き合っているのかを知っており、その姿に何度も感化されてきた。もっとも、ワセダ入学当初からこのような取り組み方だったわけではない。「もっと早くからこのような自覚をもって練習していれば、目標である日本代表にもっと近づけたのではないか」という後悔のもとにたどり着いたスタンスだった。「後輩には、4年間という長くて短い時間を悔いなく過ごしてもらいたいし、そのためには自分から考えて行動するということが特に大事」と、ワセダの未来を後輩に託す。
これまでの体操人生、いいこともあれば悪いこともあった。やめたくなったことも少なくない。それでも、体操という「自分を表現できる場所」が好きだったから続けてきたし、つらい思いも絶対に忘れずに、全て自分の糧にした。「年を重ねるごとに『ワセダでよかったな』って思う。他ではできない経験がたくさんできたから」と語る表情は清々しかった。ワセダは、主将という経験は、藤原を一回りも二回りも成長させたのだ。春からは社会人チームに所属することが決まっている。真摯(しんし)な練習姿勢と豊富な経験を武器に、藤原は上を目指す。
(記事 大浦帆乃佳、写真 大森葵)