受け継がれる「W」への思い
エンジのユニフォームに白く刻まれた「W」の文字。この文字の重みを誰よりも理解し、大切に思っている男がいる。「自分たちは早稲田大学というすごい大学の一員であることをしっかり自覚してほしい」。後輩たちに伝えたいことは、という質問に対し佐藤紘翔主将(スポ=岡山・関西)はこう答えた。幼い頃から生活の中心はいつも体操。辞めたいと思ったことは一度もなかったが、体操だけの人間にはなりたくなかった。早大なら体操だけの人間にはならないのではないか――。漠然とした期待感を胸に、早大の門戸をたたいた男を待っていたものとは。
高校では生活のすべてを体操にささげていたため、大学での練習環境に慣れるのには時間を要した。授業も大変であるうえに、所沢にあるキャンパスから早稲田にある練習場まで遠いため練習時間が激減する。文武両道をうたう早大での競技生活は予想よりはるかに厳しいものだった。周りに気遣う余裕などない。3年生までは、U-21日本代表入りを目標に自分のための練習を重ねた。
早大代表の誇りを持って挑む佐藤
迎えたラストイヤー。主将という責任が佐藤を襲った。自分がチームを引っ張らなくてはならない――。早大体操部が長年目標に掲げてきた全日本学生選手権(インカレ)団体3位入賞。この目標を達成するには自分に何ができるか。部員たち一人一人をよく見てみることにした。「皆体操に真面目で自分がやるべきことをしっかりと練習しているので、何も心配する必要がないことに気が付きました」。インカレでは目標の団体3位には惜しくも届かなかったが、創部86年の歴史を持つワセダの自校ベストを更新。自分は何もしていないと謙虚に話すが、間違いなく主将が部員たちと向き合うことで築けた信頼感が強かったからこそ生み出せた結果であった。
佐藤が最も感謝したいという人物がいる。土屋純監督(昭61教卒=県長野)だ。競技面だけでなく、勉強面や一人の人間としてどのように振る舞うべきかを学んだという。「ワセダの人間として、恥じない行動を取りなさい」。一年生の頃はそんなことはどうでもいいと思っていた。しかし早大代表として出場する大会が増えていくうちに気が付いていく。胸元に刻まれている「W」の文字にはワセダを愛し、応援している人たちの思いがたくさん詰まっていること。自分はその思いを背負って試合に出場していること。そしてそれはとても誇らしいことであること。「土屋監督と出会ったことが僕にとって大きなターニングポイントです」。長年早大体操部を指導する中で育んできた監督の「W」への思いは、確実に佐藤に伝わっていた。
競技者として歩んできた体操人生。卒業後は、競技を続けるのと同時に新しく指導者にも挑戦する。そんな佐藤の夢は、自分が指導した生徒が早大で活躍すること。体操漬けの生活に新たな刺激を求めていた男は、早大に入学し、早大で4年間を過ごし、早大卒業を目前とした今こう語った。「早大体操部は人として成長させてくれた場所。この場所に選手を送ることが僕のできる最高の恩返しだと思います」。
エンジのユニフォームに白く刻まれた「W」の文字。かつてこの文字の重みを誰よりも理解し、大切に思っている男がいた。「W」への思いを託されたその教え子が早大の門戸をたたいた時、次は何が待っているのだろう。
(記事 中村ちひろ、写真 末永響子氏)