【連載】『平成27年度卒業記念特集』 第47回 井上渓太/自転車

自転車

戦うからこそ得られるもの

 自転車競技のロードレースは、途中棄権さえたたえられることがある。優勝者を出すことがチームの勝利。そのためにアシストはエースの盾となり、風から守る。エースの体力消耗を最小限に抑えるためだ。自分を犠牲にしてでもエースを勝たせる。それがアシストの使命だ。2015年8月、全日本大学対抗選手権(インカレ)最終日。雨の中行われたロードレースで、早大は金子智哉(商3=神奈川・相模原)が8位に入賞した。この金子の入賞も、アシストなくして語ることはできない。この一戦にアシストとして臨んだ一人に、井上渓太(創理=東京・早大学院)がいる。

 高校時代はアメリカンフットボールに打ち込んでいた井上。早大学院時代には全国優勝も経験した。日本一を勝ち取って感じたのは、全国にはポテンシャルの高いアスリートがたくさんいるということだった。アスリートばかりが集まる大学の体育会で、果たして自分は戦っていけるのか。創造理工学部に進学することも考えた時、「自分が第一線で活躍するビジョンは見えなかった」と振り返る。人と競うことから離れたい気持ちもあり、大学入学後自転車サークルに加入する。それが自転車との出会いだった。サークルの仲間と共に九州、北海道と、全国を自転車で旅する日々を送る。しかしいつしか、旅するだけでは得られないものを求めるようになっていた。人と競い、戦うことでしか得られないものを。「もう一度本気で何かに打ち込みたい」。その思いで早大自転車部に連絡したのは、2年の8月だった。

ひたむきに競技と向き合いつづけた井上

 自転車競技未経験者としての途中入部。高校から競技を続けてきた選手たちとの地力の差を、いや応なしに突き付けられた。初心者も入部可能だったが、自分がいることが場違いのような気がして、苦しかった。「自分に対する悔しさやいらだちがあった」。練習の厳しさより井上にはそれがこたえた。入部から3ヶ月が経ちようやく慣れてきた3年の4月、経験者や推薦入学の1年生が部に加わる。再びその実力差に打ちのめされた。それでもバイクに乗り続け、努力を積み重ねる。そして7月、全日本学生RCS第4戦・大町美麻ロードレース。井上はクラス3で優勝を果たす。8月のインカレを目前に控え、ようやく手にした出場権。これでやっと土俵に上がれる。優勝の喜びよりその安堵(あんど)で一杯だった。しかし迎えた初めてのインカレ、アシストとして何も役割を果たせないまま途中棄権に終わる。納得のいくレースをするのは難しいことだった。

 それから1年。井上にとって最後のインカレの舞台で、1番長い時間練習を共にしてきた金子が8位になった。「金子くんが入賞したことはすごくうれしかったですね」。昨年は完走者さえ出すことができなかった早大。アシストとしての役割を果たし、チームに貢献したレースだった。それでも高校から競技歴のある選手たちには、レースを読む力などにおいて、最後まで敵わなかったと言う。「嬉しいより悔しい方が大きい」。しかしその一言は、一から積み上げてきた努力、自転車競技へのひたむきな思いがあるからこそ発せられるものだ。この春、井上は早稲田大学大学院に進学し、競技からは離れる。継続することもできたが、自転車に当てられる時間が限られていくことを考えた時、悩んだ末に下した決断だった。建築を専攻する井上の夢は、自転車部寮である稲輪館をリフォームすること。競技を離れても、自転車部を思う気持ちは変わらない。

(記事 曽祢真衣、写真 高柳龍太郎氏)