【インタビュー】元関脇・安美錦の安治川親方が稲門会・稲門相撲會を設立「早稲田に恩返しできたら」

相撲特集

 早大では、卒業生による団体を「稲門会(とうもんかい)」と呼ぶ。稲門会は体育各部稲門会、ゼミ稲門会をはじめ1300団体以上存在し、ことし7月には新たに「稲門相撲會(とうもんすもうかい)」が設立された。その会長は「業師」として多彩な取り口で土俵を沸かせた、元関脇・安美錦の安治川親方(令4スポM卒=青森・鰺ヶ沢)。親方は2019年に現役引退後、早大大学院スポーツ科学研究科修士課程で1年間研究し「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」という修士論文を提出した。

 8月1日、安治川部屋(東京・江東区)に早大関係者約30人が駆けつけ稲門相撲會の決起会が行われた。冒頭1時間は、早大相撲部と安治川部屋による公開合同稽古。その後集まった早大関係者には、安治川部屋特製のちゃんこが振る舞われた。今回は決起会直後の安治川親方に、稲門相撲會や早大での学び、そしておかみさんの存在についてまでたっぷりお話を伺った。

※この取材は、8月1日に安治川部屋で行われたものです。

ーー今回の合同稽古はどのような経緯で開催に至ったのでしょうか
稽古自体は以前から何度か一緒にしているのですが、今回稲門相撲會を立ち上げるということで実施しました。相撲部は次の大会までしばらく時間があるというお話だったので、ぜひことしのインカレ(全国学生選手権。11月に東京・両国国技館で開催)に向けて一緒に稽古できたらなと思って。大学院を卒業してから私が相撲部へ足を運んだり、安治川部屋でも稽古したりというようにしていますので、今回もその一環で行いました。

ーーまず、本日早大相撲部の稽古を1時間ほどご覧になって、どのような印象を持たれましたか
ことしの新入生もすごく馴染んでいて、いい稽古をしていたなと。すごくまとまりもあるし、結果を期待できるのではないかと思って見ていました。先日の東日本(東日本学生選手権、6月に両国国技館で開催。早大は強豪校の中大・日大と互角に戦い、良い場面が散見された)も後援会が見に行って、すごくいい取組をしていたようなので、今年はちょっと期待できるのではないか。今年に限らず、来年以降も楽しみだなと思います。

ーーことしの大相撲七月場所前には、愛知学院大や金沢学院大の相撲部と合同稽古をされていました。大相撲では大学出身力士の活躍が目覚ましいですが、大学相撲出身力士についてどのようにお考えでしょうか
これまで大卒から角界入りした力士の多くは、毎日相撲漬けの生活を送ってきていて、ある意味すでに完成されているというか。そういう学生の良さももちろんあります。しかし早大相撲部みたいに自分ですごく考えて学んだり、工夫しながら稽古している学生を見ていますので、そのような方々に部屋へ来てほしいなと感じます。まだまだすごく伸びしろがあるのではないかと思って。

ーー早大相撲部との合同稽古は、安治川部屋のスカウトにも影響されていますか
早稲田の皆さんはね、やはりやりたいものを持っている子が多い。早大のOBOGが相撲部の子たちと社会のつながりを増やし、皆さんのやりたいことに近づけられるよう手助けできばいいなと思っています。プロになりたいっていう子がいれば、もちろんうちに来てほしいっていう思いはありますね。

ーー以前親方は別のインタビューで、早稲田での学びが部屋作りに生かされているとおっしゃっていました。昨年6月に安治川部屋を新築してから1年ほど経ちますが、改めて早稲田での学びが現在の活動へどのようにつながっているかお聞きしたいです
大学院では平田先生(平田竹男。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授)のもとで学びました。先生のゼミで学んだトリプルミッション(勝利・普及・資金の好循環によってスポーツが発展することを示すビジネスモデル。平田教授が提唱)を軸に考えるようにしています。やはりただ強くなるだけでは、部屋の運営が成り立たないので。経営または普及の面を考えながらトリプルミッションのサイクルを回していけるよう、稲門相撲會を作ったりとか地域のお祭りに参加したり、いろんな稲門会に顔を出したり。また、普及活動として部屋に子供たちを呼んだりもしていますし。それらが重なってどんどん歯車が回りはじめたかなと思っています。

今後力士もどんどん増えたり、安治川部屋を深く知ってもらえたらいいなっていう。その夢に向けてちょっと走り出したところに今いるのかなと思っています。やはり稽古のみ行っていると今どの状況にいるのか分からなくなるので、一度冷静に見て「今この状態なのかな」と仮説を立てながら行動していきたい。たくさんのことをおかみと話しながらやっていますね。

ーー親方は「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」という修士論文を提出されました。その終盤には、おかみさんへの支援について検討を始めることが求められるだろう、と書かれています
おかみさんは日本相撲協会の協会員ではないし、特殊な立ち位置ですよね。その立ち位置をうまく理解した上で、おかみの役割を冷静に整理していきたいです。でも相撲部屋のあり方も変わってきているので、おかみの役割も変わるんじゃないかなとその論文に書きました。

やはりいろんなしがらみもなく、独立していちから自分の考えでやっています。そのなかで土俵のことは私、ほか経営と普及の面はおかみが先頭に立っている。論文でいろんな方にお話を聞いたり調べたことが、現在にすごく生かされていて、またそれ以上におかみも多々やってくれているのですごくありがたいと思っています。論文でいろいろ整理したことによって、そのありがたみもよく分かるようになりました(笑)。

とくに、青学の駅伝・原監督(原晋)の奥様である原美穂さんにお話を聞かせていただいたことが印象的です。相撲部屋とは異なるお話を伺って、やっぱり相撲部屋のおかみさんは唯一無二、特別な立ち位置なんだなと。その部屋は良しも悪しも、おかみさんによるのかなっていうようにも思っています。

ーー早大稲門會がことし7月に新設され、親方が会長、安治川部屋のおかみさん(平成18年に早大法学部卒)が副会長を務めます。今後早大稲門會を通してどのようなことをしていきたい、もしくはこんなイベントを行いたい、などの今後の活動について教えてください
まずは知ってもらうことを第一に、いろんな稲門会に顔を出していきたいと思います。東京だけに限らず地方にも行くので、今後は地方の稲門会に顔を出して全国に稲門相撲會を周知したい。相撲界もそうですけど早稲田の相撲部、そして早稲田に恩返しできたらなと思いながら。そこで大相撲や安治川部屋についても知っていただけたらという思いでやっていきたいです。

ーー安治川部屋のある江東区・石島の方々を部屋に招待したり、稲門相撲會を設立したりと、トリプルミッションモデルの軸の一つである「普及」を非常に意識されているように感じます
どういうふうに自分たちができるかな、って形式を模索していく中で、私もおかみも早大卒業生ということもあり「それならもう稲門会を作ろう」と決めました。どういうふうに相撲部屋を応援したらいいか、なかなか分かりにくいと思うんですよね。すごくお金がかかるんじゃないかとか、知らない方にとってはグレーの部分がたくさんあると思うので、よりクリーンで風通しよく、みんなが気軽に応援できるような組織にしたいなと思って稲門会という形にしました。そういう面では良い入口になるのかな。

ほかの地域稲門会に参加してる方々にすれば、いっそう入りやすい会ではないかなと。それで相撲部屋のことをよく知って、またそれでうちの部屋を応援して、したければしてくれればいいし(笑)。まず相撲界の仕組みと言うと大げさですが、そういうことを開けた状態にできるようにうちの部屋ではやっているので。その一環として、大学組織の一部に稲門会をつくるという形で、みんなに知っていただけるんじゃないかなと思っています。相撲部屋の扉を開けるなんて、なかなか大変じゃないですか(笑)。これでうちの部屋や相撲界全体、そして早稲田の相撲部はもちろん他の競技からでも力士になりたいという子が出てくれればいいなと思っています。

やっぱり国技館で「早稲田大学」の化粧まわしをして土俵入りする力士の姿を見たいなと思うので、ぜひそういう子が出るようにスカウティングや指導をしていきたいなと思っています。本来はうちの部屋を応援してもらう稲門会にしたかったんですけど、それは置いておいて(笑)。しっかり平田先生の教えを反映して、「普及」っていう面を大切にしていきたい。早稲田の一員になるということが私のモチベーションにもなりますし、そこで早稲田といつもつながってるっていうことを大事に。そうすれば私も変なことをしないだろうし(笑)、いろんな問題もある中ですごく心の支えになってくれるので。こちらとしてもうれしいですし、何かを早稲田のためにできればいいなと思っています。

 部屋開きから1年ほどしか経っておらず、これからが期待される安治川部屋。様々な背景を持った力士が所属しており、部屋としてまだ何色にも染まっていないだろう。これからどのように移りゆくか未知数だが、そばには常にえんじ色があるはずだ。

(記事 中村環為 写真 上野慶太郎)

◆安治川親方(あじがわ)
1978年10月3日生まれ。青森・鯵ヶ沢高出身。1996年に安治川部屋(現伊勢ヶ濱部屋)に入門し、翌年「杉野森」の四股名で初土俵。「安美錦」に改名後、2000年七月場所で新入幕。多彩な取り口で土俵を沸かせ、最高位は関取、獲得金星は計8個、三賞計12回。関取在位は大関魁皇と並び、歴代1位の117場所。2019年に引退後、2022年に早大大学院スポーツ科学研究科を修了した