崖っぷちの世界女王、須﨑優衣。正念場を迎える五輪への道

レクリング

 「須﨑優衣、棄権です——」。

 昨年12月の天皇杯全日本選手権(天皇杯)。女子50キロ級の試合が行われる前日、須﨑優衣(スポ2=東京・安部学院)の棄権を伝えるアナウンスが響き渡る。会場にわずかなどよめきが走る中、須﨑は吉村祥子コーチと寄り添いながら、物憂げに、しかし自身の決断を受け止めるかのような、どこか晴れやかな表情でそのアナウンスを聞いていた。

┃非常に苦しい、悔しい決断でした。

 2018年は須﨑にとって世界女王としての地位を確固たるものにした、そんな1年だった。6月の明治杯全日本選抜選手権(明治杯)で前年の天皇杯で苦杯をなめた入江ゆき(自衛隊)に雪辱すると、7月の世界選手権代表決定プレーオフ(プレーオフ)でも入江を撃破し世界への切符をつかんだ。そして、世界選手権では圧巻の全試合無失点のテクニカルフォール勝ちで二連覇を達成。自身も手応えを感じながら、いよいよ東京五輪出場を懸けた代表選考レース向けて照準を合わせ始めた、ちょうどその時だった。

 須﨑に悲劇が襲った。世界選手権後の全日本代表合宿でのスパーリング中に須﨑は左ひじを脱臼し、靭帯を損傷。これまで大きなけがを経験してこなかった須﨑にとって、人生最大のけがだった。約1ヶ月後に迫っていた天皇杯は東京五輪代表選考の第一ラウンドを兼ねており、欠場すれば代表選考レースから大きく遅れを取ることになる。須﨑は出場を諦めず、右手一本でもトレーニングを続けていたが、最終的に棄権という選択をした。

 「出場するかギリギリまで悩んでいました。でも左ひじが使えなくて、間に合わなくて。非常に苦しい、悔しい決断でした」。

昨年11月の総長報告会での須﨑。左腕にはひじを固定するアームストラップを着用している

┃初めてプレッシャーを感じた。

 「けがをした瞬間は(東京五輪へ向けた)不安が頭をよぎりました。だけど、こんなところで負けていられない」。天皇杯欠場後のリハビリ期間も須﨑は左ひじを庇いながら練習を重ねた。その間に右手を使った崩しにも磨きがかかり、攻撃にバリエーションが増えた。そして2月の全日本合宿で本格的にトレーニングに復帰し、先日のジュニアクイーンズカップで約半年ぶりの復帰戦を迎えた。

 けがの経過は9割回復していたという須﨑。だが、ジュニアクイーンズカップでの須﨑の動きは明らかに昨年の世界選手権の時のものとは異なっていた。初戦の2回戦から準決勝まで全て無失点でのテクニカルフォールで勝ち進んだ須﨑だが、相手を翻弄(ほんろう)する素早い動き、持ち味であるタックルの力強さが、以前に比べ影を潜めていた。負傷の影響、試合勘のブランク、計量システムの変更。様々な要素が絡み合っていた。そしてそれは決勝で顕著にあらわれる。吉元玲美奈(至学館大)に対し前半をビハインドで折り返した須﨑は第2ピリオドでパッシブによる2点をもぎ取り逆転し、復帰戦を優勝で飾った。だが、最後まで攻めあぐね、テクニカルポイントは奪えなかった。決勝直後の表彰台、須﨑の目は悔し涙で腫れていた。

 「自分の攻めるレスリングが出し切れなかったので、本当に悔しい。自分が思っている理想と周りの方々の期待に自分の実力が追いついていなくて、プレッシャーというのをレスリングをしていた中で初めて感じました」。

優勝で飾った復帰戦の表彰台で、須﨑は悔し涙を流した

┃残りの2ヶ月、死ぬ気で。

 『プレッシャー』。それは常にチャレンジャーだった須﨑に初めて芽生えた感情だった。周囲の期待や、追われるという立場に怖さを覚えた。「でも、このプレッシャーはチャンピオンにしか味わえないものだと思う。その先にさらに強くなった自分がいると思うので、しっかり乗り越えていきたい」。

 東京五輪へ向けて、茨の道が待ち構える。須﨑が五輪への切符をつかむには群雄割拠の女子50キロ級で明治杯を優勝し、7月のプレーオフで天皇杯チャンピオンの入江を下した上で、世界選手権で3位以内に入賞する必要がある。怖いもの知らずでひた走ってきた若き女王は今、レスリング人生において最大の正念場を迎えている。だが思い返せば、状況は昨年と全く同じだ。2017年の天皇杯で入江に屈辱のテクニカルフォール負けを喫した須﨑は、翌年の明治杯、そしてプレーオフで入江に連勝し世界選手権の出場権を得た。逆境を力に変えて栄光を勝ち取った経験が、須﨑にはある。

 「東京五輪へ向けて、このままではいけない。残りの2ヶ月、死ぬ気で、今で以上に練習するしかない。チャンスがあることに感謝して、一つ一つ必ず勝って。東京五輪は自分の目標なので、必ず出場して金メダルを取りたい」。

 小学5年生のときに抱いた夢はいつしか目標に変わり、そして手の届くところまで駆け上がった。崖っぷちの世界女王は幾多の困難に立ち向かいながら、東京五輪を懸けた最後の戦いへ向けて、再び走り出す。

(記事、写真 林大貴)